Vol.8 1月6日はバッカスの誕生日        中瀬航也


「バッカス」またの名を「デュオニソス」というこの神様は、言わずと知れた酒の神様であるが、同時にあらゆる酒の神様であるわけではない。では、一体どんな酒の神様なのであろうか?

「デュオニソス」とは「ワインを与える者」という意味だという。
そう、それは「葡萄の神」、つまり、「ワインの神」に他ならない。

では、このワインの神の象徴物とも言える、このワインが「ワインになる時」とは、いったい「いつ?」なのだろうか?つまり

ワインとは、いつワインとして生まれるのだろうか?
その答えが「バッカス誕生の日」ともなるのである。

ワインとは葡萄を発酵させて造る醸造酒である。つまり、ワインの誕生とは「葡萄が酒になったとき」である。では、葡萄が酒に変わる時とは、果たしていつなのであろうか?それは、葡萄がなった時でもなければ、それが収穫された時でもない。また、それが潰された時でもなければ、それが発酵している時でもないのである。

とすれば、そう、それは「発酵が終わった時」なのである。ただこの「発酵が終わった時」とは、果たして「どんな状態」を指し、また「いつ」を指しているのであろうか?

ローマ時代、地中海沿岸地域では人の移動に伴ってワイン醸造も行われ、現在のシェリーの産地「ヘレス」でも、かつて「セレトCeret」と呼ばれていた紀元前2世紀頃から、「セレト・ワインVinum Ceretensis」の名でワイン醸造が行われてきた。そこでこの「発酵が終わった時がいつか?」を探る為に、シェリーを例にとって見ながら、現在と当時のワイン醸造と比較していこう。

ワインはいつ発酵して「ワイン」になる?

シェリーを造るパロミノという葡萄樹が、花を付け始めるのは5月、やがてその花は葡萄の房へと変わり、それは、ときに40度を越す天候の中で「光の力」を一杯貯めこみながら成長し、7月になると、その房が鮮やかな色をつけ始める。そして、8月の終わりから9月の始めにかけて待ちに待った収穫がなされ、直ぐに激しく音を立てた発酵が始まる。その後、ゆっくりとした発酵が、*気温が低くなる1月まで続き、澱引きされてシェリーの前身となる「若いワインVino Joven」が誕生するのである。(*夏の1/3位)

そう、バッカスの誕生日とは、「発酵が終わり、ワインが澄んだ時」を指し、 その時期とは「1月の始め」を指すのである。

ここで一度、かつて「セレト・ワイン」が造られていたという紀元前2世紀頃のワイン醸造をみてみたい。当時の醸造は、非常に原始的なもので、それは「葡萄を足で踏み潰して土で造られた大甕で発酵させる」というものだった。この土から造られた大甕は「ビトイ」と呼ばれており、後に輸送に両側に取っ手のついた「アンフォラ」と呼ばれる物の原型に当るといわれる。

興味深いことに、現在でも、マンサニージャ・シェリーの産地サンルーカル村や、コルドヴァの南、モンティージャ村を始めとするスペイン南部各地の地域で、その「ビトイ」から派生したと思われる「ティナハ」という大甕を見ることが出来る。また、地中海沿岸地域でよく出土するという「アンフォラ」だが、19世紀中頃に発掘された物に寄れば、その存在は既に紀元前5世紀にあったという。

「ワインの神」バッカスの誕生

ここで、ローマ時代行われていたという「バッカスの誕生祭」を見てみる事にする。ゼウスの子であるバッカスは「ワインの神」そして「葡萄や、その栽培を教えた神」として広く知られるが、同時に「ゼウスの光」としても知られていた。ゼウスは「雷神」、そして「太陽」に例えられており、その太陽の子ともいえる「光」もまた、バッカスの象徴とされた。

そして、地中海沿岸地域で、その光の時間が最も長くなる時である「冬至」に、バッカスが誕生したといわれたのである。実際、紀元前186頃にはすでに、この冬至の時期に「レーナイア祭」と呼ばれる「バッカスの出生・出現を祝う祭り」が行われていたという。

ローマの政治家であるマルクス・ポルキウス・カトー(通称大カトー)によれば、「(この時)人はバッカスに、そのビトイに入れられたワインが、嫌な匂いを放ったり、酢にならないように祈った」と書き残している。つまり葡萄から得られるその液体が「神としての誕生」または、「神の祝福であるワインの誕生」となるよう願ったのである。これにより、この冬至となる1月6日は、ギリシャ語やラテン語で「出生」や「出現」を表す「エピファニー」Epiphaneiaと呼ばれるようになるのであった。

バッカスはゼウスの太ももで育った?

神話の中でバッカスは「ゼウスの子」であるが、バッカスを身ごもったのは、カドモス王の子にして人の子「セレメ」であった。それを知った、ゼウスの本妻「ヘラ」は嫉妬に燃え、自らを人の姿に変え、乳母としてセレメの元に現れる。そして、「その子の親と名乗るゼウスという男が変装しているかもしれないから、その正体を知るべきよ!」と持ちかけたのだ。

こうして、その誘いにのったセレメはある時、ゼウスに本当の姿で現れるよう懇願し、その懇願に答えたゼウスの神火によって焼死してしまうのである。この時ゼウスは、セレメが身ごもった子「バッカス」を自らの太ももへと縫込み、生まれるまで育てたといわれる。その後、若いバッカスは葡萄の蔓を身にまとった「シレノス」に葡萄と発酵した液体の秘密を教わったと云われる。

ここで、まず興味深いのは、「バッカスの母親が神火で焼かれた」という事、そして、「ゼウスの太ももで育った」という事実である。「神火」とは、「太陽」の象徴ともとれ、これは、時に40度を越すというアンダルシアの過酷な気候を想像させる。また、「ゼウスの太もも」とは、(飛躍し過ぎかもしれないが)見方を変えれば、選定の済んだ「葡萄樹の枝」ともとれ、その「太ももの中で育ったバッカス」とは、まるで「葡萄樹に見守られた葡萄が実る様」を想像させるのである。

また、「太もも」と言えばスペイン人なら「ハモン(生ハム)」を思い浮かべるが、ワインに生ハムが合うのは、もしかしたらバッカスが太ももを忘れられないからかもしれない(笑)。さらに、最も興味深いのは「バッカスを身ごもったセレメが、人間であった」という事である。そう、これは、まるで「キリストを身ごもったマリア」のようである。

「Feliz Navidad」は「出生・出現」を祝う日

スペインでは12月24日から、先に「バッカスの誕生日」とした1月の6日にかけて「クリスマス」が行われる。ここで興味深いのは、スペインでは「メリー・クリスマスMerry Christ Mass」をスペイン語に充てた「フェリス・ミサ・デ・ヘスースFeliz Misa de Jesús」とは言わず、「フェリセス・パスクア(ス)Felices Pascua(s)」や「フェリス・ナヴィダ(ド)Feliz Navidad」と言うことである。

この「パスクワ(ス)」とは、恐らく「牧養・成長・楽しむ」などの意味を持つラテン語の「パスクアPascuaないしパスコPasco」に由来すると考えられ、かつて行われていたという「光の神:ミトラ神」を中心としたミトラス教の農業神「サトゥルヌス」を祝う「サトゥルナーリア祭」に関係があると考えられる。また、この「ナヴィダ(ド)」とはラテン語で「出生」や「出現」を表す「ナティヴィタスNativitas」から派生した言葉で、スペインでもかつては「ナティヴィダー(ド)Natividad」と呼んでいたという。

そして最も興味深い事実として、この「ナティヴィタス」という言葉が先に挙げた「エピファニー」と同義語であり、その同じ言葉をキリスト教で「公現節・公現祭」としてクリスマスに使うのである。ちなみに、この「フェリス・ナヴィダ(ド)」とは、我々の普段の言葉に代えると「御出産おめでとう」といったところで、いわゆる「誕生日おめでとう」の「フェリス・クンプレアニョスFeliz Cumpleaños」とは違った意味を持つ。つまり、年を重ねるのを祝うのではなく、常にその「出生・出現」を祝う日なのである。

つまり、冬至の日の1月6日は、元来「バッカスの誕生日」であり、恐らく起源後のキリスト教化の中で、同じ「誕生・出現」という意味で「キリストの誕生日」へと転化されていったのであろう。

スペインのクリスマス

最後にスペインのクリスマスに関して少し紹介することにする。スペインでのクリスマスの準備は12月の始めから行われ、街には「ヴィジャンシーコVillancico」というクリスマス・ソングが鳴り響き、イルミネーションや、「ベレンとBelén」という三賢者とキリストの誕生をジオラマにしたものが飾られる。

このジオラマは13世紀にイタリア:アッシジのフランチェスコが始めたといわれ、現在でもローマなどでは等身大のベレンが飾られている。この風習は以後、南欧各国へと広がり、今やスペインの何処でも見られる風物詩となった。旅行者などはこの時期、スペインのホテルのロビーなどで必ずこのミニチュアのベレンを見ることが出来る。

ちなみに家庭などで飾られるベレンは、街中の屋台やエル・コルテ・イングレス等のデパートで買うことができるが、中には好んで造ったり集めたりする人も多い。実際、私のヴェネンシア(シェリーで使う柄杓)の師匠であるゴンサレス・ビアス社(ティオ・ペペ・シェリーで御なじみの蔵)の「ヘナロ氏」には、以前、彼が造ったという見事なミニチュアを見せていただいた事がある。また、サンデマンのボデガでは、まるでベレンの様なシェリーの醸造工程を表した見事なミニチュアを見ることも出来る。

そして24日になると各教会でミサが行われ、街中には子供の玩具を探す親子の姿や、若いカップルでわく。そして、新年を迎える晩の12時(24時)、その鐘の音を聞きながら12粒の葡萄を食べるのだ。一方、この間の料理はといえば、七面鳥ではなく、海老、牡蠣、鯛などの魚介類が多く、御菓子にはアーモンドで作られた「トゥロンTurrón」と呼ばれるヌガーのようなものを食べる。これは元々ムスリムがもたらした御菓子と言われ、ムスリムの食文化が多く残るトルコには、良く似たバクラワ、ヘルワ、アシュレなど種や豆を用いた甘い御菓子を見ることが出来る。

そして数日後の6日の夜、人々は「フェリス・ナヴダ(ド)」と言いながらキリストの誕生を祝う。スペインでは三賢者Los Tres Reyes Magosの祭りが各地で行われ、基本的にサンタ・クロースは来ず(最近は現れてきたが…)、星に導かれイエスの誕生を祝いに来た三賢者「エチオピアのカスパール」「アラビアのメルキオール」「カルデアのバルタザール」に扮した人々と彼等を乗せた山車が、鼓笛隊と共に街を練り歩き、飴やお菓子、おもちゃなどをまく。その様はディズニーランドのエレクトリック・パレードのようである。

幸運を呼ぶ「ロスコン・デ・レジェス」

私は、ここ数年1月にヘレス(シェリーの産地)を訪れるのを常としているが、この祭りが終わらないとボデガ(蔵)が開かない為、この祭りに合わして、現地入りするようにしている。ところが、マドリ(マドリッド)とは違い外国人の少ないヘレスでは、祭りの写真を近くで撮ろうものなら、飴を投げつけられるので注意したい(笑)。

さらにこの夜は「ロスコン・デ・レジェス」というリング状のケーキをも食べる。このロスコンは、どうやらフランスから伝わったようで、フランスのクリスマス・ケーキの一つである「ガレット・ド・ロワ」や、日本で見かける「パリ・ブレスト」によく似ている。このロスコンの由来は定かではないが、ベレンとは、そもそもキリストの生まれた「ベツレヘム」を指し、このベツレヘムがヘブライ語で「パンを用意した家」という意味があることにきっと関係があるのだろう。ちなみに、このロスコンには中に人形(昔は豆)が入っており、それに当った人には幸運が訪れるそうだ。

上記のポスターは20世紀半ば頃に造られたもので、クリスマスに合わせた「シェリーの詰め合わせ」のパンフレットの表紙である。その中には、「シェリーVino de Jerez」「シェリー・ブランデーBrandy de Jerez」、そして「ポンチェPonche(ブランデー・ベースのオレンジ・リキュール)」や、「キナQuina(キニーネの入ったヴェルモット様のリキュール)」などを1ケース分(計12本)にしたものが紹介されており、3種類の組合せから選べる様になっている。きっと日本で言う御歳暮用の詰め合わせのようなものだったのだろう。絵の中に書かれたシェリーは、当時の流行りからいって恐らく「クリーム・シェリーCream Sherry」であろう。

ちなみに、現在もシェリー最大の消費国である英国では、クリスマスにクリーム・シェリーを飲む習慣があり、クリスマス前のスーパー・マケットにはブリストル・クリームなどの甘いシェリーが、そこかしこに並ぶという。また、絵の奥にはモミの木「アルボルArbol de Navidad」の葉と、その手前には丸いボール「ボラBola de Navidad」と呼ばれる飾りが描かれているが、モミの木は「永遠」を象徴する「常用樹」で北欧神話に由来し、手前のボールは、ケルト神話で「楽園」を象徴とする「リンゴ」を象徴したものだろう。


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Koya Nakase
 ソムリエから転身、現在はベネンシア・ドールの資格を持つ日本有数のシェリー酒のプロ。年に1度はアンダルシア地方を訪れ、シェリーの情報と知識を学んでくる。銀座・しぇりークラブマネジャー。しぇりークラブ:取締役。ヘレス原産地呼称統制委員会公認:ヴェネンシアドール・デ・メリト。日本シェリー酒研究会:主幹研究員。シェリー博物館館長(しぇりークラブ内3F)。クラブ・ドレーク監修者(パイプとシェリーの会)。ソムリエ。きき酒師。長期熟成清酒研究グループ会員。スコッチ文化研究所会員。スペイン史学会会員。


シェリークラブのホームページは

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