Vol.77
恵美ちゃんのウエディング・ドレスは心のこもったスペイン製
発熱、悪寒のドレス作りに耐えた…
倉 持 隆 夫



 この歳になると、世間一般の、いわゆる「物の値段」は大体想像がつく。例えばウールのセーターなら5,000円位、カシミヤなら1万円前後という具合に…。しかも結果はそんなに誤差はない。しかし、どんなに歳を重ねても、花嫁が着るウエディング・ドレスの値段をピタリと言い当てる男性は居ないだろうね。完璧に女の世界の事だから僕には想像すらできない。

 果たしてウエディング・ドレスは幾ら位するものなのだろうか。既成の物、オーダー物、そしてレンタルでは貸し賃が幾らか。僕には全く判らなかった。僕らの結婚式の時を思い出したが、女房が当時着たウエディング・ドレスが幾らだったのか、聞いたこともないし、アルバムを見返してみても、「あぁ〜清楚で美しかったなぁ〜」と思うばかりで、値段は今でも判明しない。

 6月にスペイン郊外のHotel Cortijo Soto Real S.Aで結婚式を挙げることになった次男の二郎とフィアンセの清水恵美子ちゃんは2月末、僕らのセビージャ帰国に帯同してやって来た。目的はホテルの下見と恵美ちゃんのウエディング・ドレスの買い付けだ。恵美ちゃんは初のスペイン旅行だが二郎の勤務の都合もあり、わずか1週間の旅だ。

 飛行機の中で恵美ちゃんにいろいろ聞いてみた。

 「ウエディング・ドレスはそもそも幾らぐらいするものなの?」

 「ハイ、お父さん、日本ではとても高いものです。既成の普通の物で60万円〜80万円、ブランド・デザイナー物ですと100万円以上はします。誂えますと、もっと高くなります。素材が絹物ですと更に更に値段が上がります。

 レンタルしても安くて20万円、一流のホテルだと50万円もします。二郎さんのお母さんから、『セビージャには安くてデザインの良いのが沢山あるわよ』と聞いていますので、今回は本当に楽しみなんです」

 と目を輝かせていた。

ウエディング・ドレスは
セビージャの“花嫁通り”で

 女房は二郎の結婚が決まった頃から恵美ちゃんに「ウエディング・ドレスはセビージャで買うように」薦めていたようだ。

 セビージャには“花嫁通り”がある。旧市街の我が家から歩いて5分程の老舗街の一角に“vestido de novia”[ウエディング・ドレスの衣裳屋]が軒を連ねている。周りは由緒あるエル・サルバドール教会。その古めかしい建物に囲まれるようにドレス、ケープ。帽子、貴金属の小物など、伝統を誇る店が花嫁たちの夢を駆り立てる。

 女房はこの花嫁通りを散歩するのが大好き。うっとりとした目で何度もウエディング・ドレスを眺めているんだよ。また、春は結婚シーズン。市内49箇所の由緒ある教会の週末は花嫁、花婿で賑わう。スペイン広場やカテドラル大聖堂の広場ではウエディング・ドレスの花嫁と盛装の花婿の記念撮影が繰り広げられる。大らかで開けっぴろげなセビージャのカップルは観光客との記念撮影にも、にこやかに応じてくれるんだ。

 花嫁通りには「Novias Cira」「Pronovias」「Casablanca」など等、20店近くの老舗の店がある。とても華やかで、男達もつい立ち止まって見とれてしまう。ウインドーの純白に彩られた飾りつけはまるで幸せを呼び込むかのようだ。

恵美ちゃんに合うサイズのドレスが無い!

 セビージャに着いた翌日から恵美ちゃんと女房のウエディング・ドレス探しが始まった。僕も二郎も1回は付き合ったが「女の世界」は「男じゃ判らない」を良いことにお二人に任せてしまった。僕がチラッと正札を見た限りでは、確かに安いようだし、デザインも斬新のように見えた、既製の物で400エウロー[約56,000円]〜1,000エウロー[約140,000円]の正札が掛かっていた。恵美ちゃんに聞いたら、やはり日本と比較すると安いようだ。

 ところがサイズが無い。恵美ちゃんは日本女性の中でも小柄な方で、モデルタイプの一見して細く華奢なタイプだ。洋服サイズでいうと、日本では7、スペインでは36になる。
既成のドレスだと、ほとんどがスペイン女性の平均サイズ42前後だ。老舗の店だけに、どこの店も親切丁寧に対応して、「貴女のサイズにピタリと合わせましよう。手直しには自信がありますよ」と言う返事を貰ったが、ひとまず考え直すことにした。

 恵美ちゃんは銀座の“ナチュラル・ビューティ”にショッピング・スタッフとして7年間勤め、この2月に寿退職した。それだけにお洋服については非常に詳しく、銀座のOLや銀座をこよなく愛する奥様達の良きアドバイザーだった。退職する1週間前に会社は、退職記念として「恵美子フェアー」を開催してくれた。恵美ちゃんファンのお客様が、花束やお祝いを持って駆けつけてくれたと言う。この話を、息子の二郎に聞いて、「あぁ〜銀座の良き時代の風習が今でも生きているんだなぁ〜」と思ったものだ。

帰国の日まで時間がない!
その時、救世主が…

 帰国の日まで後4日。

 恵美ちゃんはセビージャの店員の親切、丁寧な応対に、自分が仕事をしていた時代の様子が折重なった様だ。「時間も無いし、よし決断しよう」と思い立った日、なんと、身体の自由が利かなくなってしまった。熱を計ったら38度もある。寒気が襲ってくる。立ち眩みがする。旅の疲れと、セビージャで流行っている「流行かぜ」に罹ってしまったのだ。

 今年の冬のセビージャは20年ぶりの寒波襲来で市民は震え上がっている。恵美ちゃんはこの寒さに遣られてしまったのだ。本来ならこの季節、セビージャは雨季のシーズンで雨が適当に降り、しっとりとした街の雰囲気がいいのだが、雨季になっても全然雨が降らず、街路樹のオレンジの葉が茶色っぽく、郊外の葡萄の葉も焦げ付いた色をしている。セビージャ全土が乾燥仕切っているのだ。そのせいで風邪が蔓延してしまったのだ。恵美ちゃんは風邪薬と抗生物質とお粥で体力の回復を待った。その時だ…。

 下山まゆみさんからの電話だった。

 まゆみさんはセビージャ在住歴も永く、アンダルシアの公式ガイドとしてはピカ一の存在である。今回の二郎、恵美ちゃんの“セビージャでの結婚式”にもプランナーの一人として重要な役割を担ってくれている。性格的にも姐御肌で、困っている人を見ると面倒見てしまうタイプなのだ。僕ら夫婦も絶対的な信頼を置いている。

 「ウエディング・ドレスは決まったの?エッまだなの?解ったわ、私の知り合いのデザイナーに大至急頼んでみるわ!既製のドレス値段で誂えてしまいましょうね。任せといて!」

 その1時間後にまゆみさんは我が家に飛び込んできた。

 「OKよ。生地の買い付け、デザイン、裁断、シーチング、仮縫い、本縫製の1回目まで、徹夜してでも帰国までの4日間でやってくれると、デザイナーのマリーナが約束してくれたわ。身体がキツいでしようが頑張りましよう」

 下山まゆみさんはガイドの傍らステキなエッセイを日本向けに書いているライターでもある。特に日本女性から見たスペインの女性服に関するエッセイは評判が良い。「ようこそソニアジョーン」というHPに発表しているエッセイは華やかな写真付で、スペインの流行が一目でわかる。それだけに、婦人服デザイナーや下着デザイナー、お洒落小物デザイナー、生地デザイナー等の知り合いが大勢、周りに存在するのだ。

 やや熱の下がりかけた恵美ちゃんは、まゆみさんと女房の3人で出かけて行った。二郎も恵美ちゃんを支えるかのように騎士道ぶりを発揮した。

 まず恵美ちゃんは、花嫁通りでウエディング・ドレスの下につけるコルセットを注文、ウエストや胸周りは直ちに手直しして翌日完成、90エウロー[約13,000円]。ウエディング・ドレス用の白のハイヒールは36のサイズがあり即決、ストッキング、手袋、小物等、占めて100エウロー[約14,000円]。

 そしていよいよドレスの生地を買い付けに…。

生地選びも完了、
衣装作りは急ピッチで進む

 花嫁通りの生地の老舗ciudad de londresで散々迷ったが、どうしても絹の光沢と肌触りが忘れがたく、高価だがスペイン製の絹に決定。表生地10メートルが300エウロー[約42,000円]裏生地16メートルで88エウロー[約12,300円]。ヘッドドレスが注文で150エウロー[約21,000円]。

 その足でデザイナーの仕事部屋に駆けつける。マリーナはベテランのウエディング・ドレス専門のデザイナー。見事にラフ・スケッチを何枚も書き、恵美ちゃんの要求に答えてくれた。マリーナの周りには何時の間にか裁断担当の女性、仮縫い担当のお針子が3人、年を重ねたベテランの本裁縫の縫い手たちが集まっていた。

 「みんな腕利きの女性よ」とマリーナは言った。

 風邪が抜けきらない恵美ちゃんはフラフラになりながらもスタッフに身を任せた。

 寸法を測り終わり、細かい部分の微調整が終わり、ドレスのお仕立て代の交渉に入った。ウエディング・ドレスはセビージャの伝統に従って、全てベテラン縫製師により手縫いで仕上げるという。完成までには2ヶ月が必要だ。

 マリーナは言った「まゆみの友達だもの、安くしなきゃね。そうね、700エウロー[約98,000円]でどうかしら?」

 恵美ちゃんも納得する金額だった。

 マリーナは続けて言った「結婚式当日は私がエスコートさせてもらうわ。ステキな花嫁に仕立てるわよ!」

 恵美ちゃんは全員の行為に感動し、今にも涙が零れそうだった。という。

今回の件で考えたスペイン社会について

 恵美ちゃんは帰国までの3日間、マリーナの仕事部屋に通った。本裁縫の段階でイメージどおりに作られていく過程に安心したのだった。

 「思いもよらなかったオーダーのウエディング・ドレスが出来る。それも仕立て代を入れて15万円程で出来るなんて、何と幸運なことだろう…」

 恵美ちゃんの風邪の状態はほぼ回復の状況になった。

 それにしても、スペイン人ではない日本人の下山まゆみさんからの依頼にもかかわらず、どうして、スペイン人の女性達が迅速に集まってくれたのだろうか。

 僕は思った。

 元来、スペインのビジネスは善きにつけ悪しきにつけ「アミーゴ[友達]とコネの世界」と言われている。コネがあれば少々無理なことも前に進む。ビジネスの活路が開けるのだ。

 「そぅか、まゆみさんとマリーナのコネの繋がりなんだな」

 現実に直面して僕は始めて「コネの社会」を納得した。

 スペインには古きよき時代の義理とか人情が今でも残っているらしい。例え外国人であろうとも…。特に職人たちの間には男社会でも、女社会でも。

 何年にも渡って築いたまゆみさんのコネと義理人情がマリーナの心を動かしたのに相違ないのだ。

美しくゴージャスなウエディング・ドレスが
出来上がりつつあった…

 第1回の本縫製を済ませた恵美ちゃんにやっと安堵の笑みが浮かんだ。

 二郎はウエディング・ドレス姿の恵美ちゃんを前から後ろから写真に収めた。実家で心待ちにしているお母さんに見せるのだ。

 そして、眩いばかりの恵美ちゃんの姿を見て二郎は思った。

 「美しい!そしてゴージャスだ!」

 2ヶ月後にはウエディング・ドレスが出来上がる。恵美ちゃんは結婚式当日の事を想像し、幸せな気分に浸っていた。

 そして、ギリギリのところで感情と涙を抑えながらスタッフの皆さんに言った。

 「オートクチュール専門の、腕のいい職人たちが心をこめて作ってくれるのだもの、安心です。皆さんのお陰で、理想どおりのウエディング・ドレスが出来そうです。まるで夢のようです。本当にありがとうございました。」

 そして、帰国間際に女房に言ったという。

 「お母さん、私はスペインが大好きになりました。二郎さんと結婚してからも、お金を貯
めてセビージャに来てもいいですか…」と。