Vol.169

今年は良い年に成って欲しいですね…。
『健康に生きる』これ以上の幸せはありません・・

倉 持 隆 夫


 読者の皆様、新年おめでとうございます。
 この年頭エッセイは皆様への、特に年配者への年賀状だと思って頂ければ幸いです。

 僕はお正月の1月2日が誕生日で68歳になりました。

 おめでたい日に生まれたお陰で、兄弟・親戚一同が“お母ちゃんち(義母)”に集う、僕の誕生日祝いを兼ねた恒例の新年会では30人近くが僕を祝ってくれました。

 と言っても、主役は僕ではありません。我々ファミリーのドン、お母ちゃんです。僕のバースデイ・ケーキは宴会の最後です。新年会は1歳から高齢者までと幅が広いのですが、93歳のお母ちゃんを筆頭に、毎年参加する顔ぶれは今年も元気な姿を見せてくれました。

 お母ちゃんは、この新年会に出席する顔ぶれが毎年変わっていない事、つまり、誰も欠けていない事実に安心し、そして、親戚一同の数が増えていく事が最大の楽しみです。孫たちが結婚すると一人増え、ひ孫が誕生するとまた一人増える事になるわけです。

 乾杯は「今年も元気に行こう!!」と、毎年変わらない決まり文句で始まります。宴会は午後4時頃から飲み始め、延々と続きます…。

 僕は、飲みながら、酔いながら、そして皆の顔を眺めながら、お母ちゃんに話し掛けます。「健康で長生きが一番だね…」と、当たり前の事を言います。

 毎年、毎年、同じ事を言います・・・・。

去年は耳のトラブルに悩まされた…

 僕は今、恒例の一時帰国で東京に帰っていますが2月には再びセビージャに戻ります。60歳でセビージャに飛び立って、海外生活も8年目を迎えます。海外生活は、一にも二にも健康な身体でなければなりません。

 健康には充分気を使っているつもりですが、ちょっとしたミスから辛い思いをする事があります。

 去年は耳に悩まされました。右耳の穴の中が痛く、耳だれが止まらず、人の声も、音楽も、テレビの音声も、はっきり聞くことが出来ない状態が2カ月も続きました。

 原因は、健康維持の為に毎日通っているフィットネス・クラブでの水泳にあったのです。僕は泳いだ後、耳の穴に溜まっている水を取り除く処置として、綿棒で水分を拭き取りますが、その日は綿棒を持つ指に水滴が付いていた為に滑り、スルッと耳の穴の奥まで綿棒を突っ込んでしまったのです。

 「痛い」と感じ、綿棒の先を見ると白い綿の部分に血が滲んでいました。

 家に帰り、軟膏を耳の穴に入れ、抗生物質を飲み応急処置を施しましたが、その晩はズキズキ痛み、枕元を濡らす程の耳だれが出ました。

 僕は日頃から耳の穴が痒いと、直ぐに綿棒を手にして耳掃除をする癖があるので、時々痒み止めのプレドニン軟膏薬を耳の穴の中に付けます。このプレドニンと抗生物質を毎日施しましたが痛みが和らぎつつも、耳だれと不快感は残りました。

 この間の女房とのやりとり…。
 女房「もう、何度も言ったでしょう。聞こえないの…?」
 僕「もっとデカイ声でしゃべってくれ・・!!」
 女房「テレビの音がうるさいわよ・・何でそんなに大きくするの…?」
 僕「聞こえないから、しょうがないだろ・・!!
 女房「いよいよ年ね・・・耳が遠くなっちゃったのね…」
 僕「そんな爺さん呼ばわりするな・・!!」

 女房の声は薄っすらとは聞こえるのです。でも僕は元アナウンサーですから、はっきりとした語彙でモノはしゃべるし、聞く耳も良いのです。

 モゴモゴしたおしゃべりは嫌いなのです。

 しかし、女房との遣り取りに不安が募るようになりました。こんな事は初めての経験です。遂に…、このまま耳が聞こえなくなってしまうのではないか…?と思うようになってしまいました。

なかなか治らないのは年のせい?

 しかし、大好きな水泳は続けました。

 耳栓をして泳ぎました。泳ぎながら「爺々に成って堪るか・・。俺は、まだまだ若いのだ・・」と自分の身体に話しかけながら・・・・。

 この耳も「その内治るだろう・・」と、思っていたのです。この状態が2週間以上も続きました。でも治らないのです!!

 その時点で僕は『年を感じました・・・・』

 この程度の傷は若い頃ならすぐ治ってしまったのに、治らないのです。

 何故だろう…? と、しばし考えましたが、結論は…。

 『僕の身体は、もう既に、老人の体質に成っているのです。胃や腸が年齢と共に衰えていく内臓関連の病気ならいざ知らず、耳の穴の傷までも、治す力が衰えてきているからなのです』

 それでも「絶対に治る!」と信じていました。

辞書と格闘して症状を伝える準備のうえ、
セビージャの耳鼻科へ

 3週間が過ぎても右耳の耳だれは少量になりましたが止まりません。鼻の穴も右側だけが詰まって苦しくなりました。左耳の穴の奥がやたらと痒くなってきました。

 61歳の誕生日を迎えたばかりの仲良しのホアンが「耳は大事だぞ・・医者に診てもらえよ・・」と、いつも冗談を飛ばす男が真剣な眼差しで僕に忠告します。

 僕は到頭、医者に行く決心をしました。

 と言っても、ここはスペインのセビージャです。東京なら街のあちこちに耳鼻科の看板が目に入りますが、セビージャの街では見当がつきません。

 それどころか、耳鼻科はスペイン語で何と言うのか…から始まります。

 そして医者と対応した時に症状を細かく伝えるべく、懸命にスペイン語辞典と格闘して、紙に書き映し、メモを見ながら医者と面談しなくてはならないのです。

 リパブリカ・アルゼンチナ通りのセバージョ・ペドラサ医師は「もっと早く来なければダメじゃないか・・。右耳は鼓膜まで達している。鼓膜は耳の入口のすぐ近くだから傷めやすく、ごく薄い皮膚だから治りにくいよ。完治するまで3週間…。プールは絶対ダメだ。この薬を付けて安静にしていなさい。左耳も穴の奥に湿疹ができているので痒いのだ。プールの雑菌が原因だね。この薬を薬局で買いなさい。では3週間後に会いましょう」

 以来3週間、右耳の穴にはシプロシナという液状薬を朝昼晩5滴を毎日、左耳にはオトゲンという水溶液薬を2滴、毎日つける羽目に成ったのだった。

スペインの耳鼻科医は問診重視
実に丁寧な対応だよ

 ところでスペインの耳鼻科の医者は実に丁寧に患者に対応してくれる事を書いておきたい。本来スペインの耳鼻科・歯科・皮膚科など、街の専門医に診断してもらう場合は完全予約制である。何故なら、スペインの医者は一人の患者に対して40分〜50分の時間を要して応対するからである。

 つまり、問診を重要視するのである。医者と患者のコミュニュケーションを第一に考えてくれる。誠に人間的な診察方法ではないか…。

 ペドラサ医師は僕をまず、ゆったりとした椅子に座らせ、根掘り葉掘り、耳がおかしくなった時から現在までの状況を聞き出す。先生はカルテにメモを書きこむ。耳の穴の中が描かれた拡大イラストを指し、耳の大事さを説く。

 その後、診察台に移動して治療開始。左右の耳に強烈な風と洗浄液を送りこみ、汚物はチューブを通して排除する。次に女性看護師を呼び、彼女から薬の効能を説明させる。

 そして、上記の結果を僕に知らせたのだった。

 尚、これだけ時間をかけて親切に念入りに治療してもらっても診察代金はタダである。僕ら夫婦は長期滞在ビザを獲得する為の絶対条件の一つとして、DKV保険と契約しているので医療費は歯科以外、無料なのである。費用がかかるのは薬代だけである。

 僕は日本でも耳鼻科に掛った経験があるが待合室で待たされる時間が長く、診察は2、3分で終了。「ハイ、次の方・・」と、まるでベルトコンベアー式の診察であった。

 従って、耳のどこが悪いのか、原因は…、何時いつ治るのか、を理解することさえ出来ないで病院を後にする。これが流行っている日本の耳鼻科の現状である。

 2週間後位からテレビの音声、CDのボリューム、そして女房との会話が左右の耳を傾けなくとも正面からハッキリ聞こえるようになって来た。

そして僕は“異様なスタイル”で
再びプールサイドに立った

 3週間後、僕はペドラサ医師を訪ねた。

 左右の耳の穴を丁寧に洗浄した後「明日からプールに入ってよろしい…ただし条件があるよ。プールの水はバイ菌がウヨウヨしているから自衛しなければダメだ。君は特に雑菌に汚染されやすい性質だからね。では看護師のテレサから説明を受けなさい。楽しいセビージャ・ライフになるように祈っているよ…」と微笑みながら診断してくれたのだった。

 テレサの解説はこれまた親切丁寧であった。

 「まず、耳関連の医療器具を専門に扱っているオーディオセンターを訪ねなさい。そこで、医療用の耳栓を造ること。貴方の左右の耳の穴の型を取り、貴方専用のタポネス・デ・シリコナ(シリコン製耳栓)を造ってもらうのよ。これなら絶対に水が入らないわよ。2週間位掛るわね。もう一つ、更に両耳を水から守るためにアクア・エアロバンド(ゴム状のヘアーバンド)も必要ね・・」

 それから15日後に耳栓が完成した。やれやれ、占めて130eur(約15,000円)の出費である。

 およそ1カ月ぶりにピスシーナ・セビージャO2(フィットネス・クラブ名)のプールサイドに立った。すると、インストラクターや馴染みの水泳仲間が僕をじっと見るのである。それもそうだ!! 僕が異様なスタイルで泳ごうとしていたからである。

 僕は耳栓をした後、額から両耳を覆う様に紫色のアクア・エアロバンドをきつく頭に巻きつけ後頭部で締める。その上に赤いキャップを被り、白い水中メガネを付けているのだもの・・。まるで怪人の様に見えたに違いない。

 僕は知らん振りを決めてプールに飛び込んだ。

耳鼻科医に対し、
スペインの歯科医は乱暴…

 さて、耳の次は歯である。セビージャの生活で歯が痛みだしたら、もう、お手上げである。

 痛み止めを飲んで、東京に帰るまで我慢しなくてはならない。

 耳鼻科医とは正反対にスペイン人歯科医は丁寧に応対してくれるが、乱暴である。医者というよりも技術者と言った方がいい。痛みの箇所を見つけると直ちに麻酔注射をし、歯を抜こうとするのである。僕ら60歳過ぎの身体では、歯を抜いた後の疲れがなかなか抜けず、元気になるまで時間がかかるのである。また、抜いた後の痛み止めの薬がスペイン人の体向きに出来ているので、効き目は早いが、完全に食欲が無くなったり、便秘になったり、歯以外にまで影響が出る程、効き目が強いのだ。

 しかも、初診料がバカ高い。100eur(約13,000円)も取られるのだ。

 僕は東京に帰る度毎に、歯の治療を入念に行う。そのお陰で、昨年1年関はずっと痛みが出ないままに過ごしてきたが、1年の終わりの12月にシクシク痛み始め、到頭、ご飯が噛めない程痛み出した。左右奥場の上の歯と下の歯である。朝晩あれだけ入念に磨き、寝る直前にはオラルデイーネ(口内洗浄液)でボコボコをしているのに…。

 痛みが出始めた原因は判らない。

 歯も耳と同じように年を重ねると弱くなり抵抗力が無くなってくるのだろうか。柔らかい物をゆっくり噛んで食べるなんて、そんな、爺さん、バアさんみたいな食事は真っ平だ!!

 僕は南京豆が大好きなので、千葉県八街産の落花生を帰国する度に船便でどっさり送る。それを、ビールの抓みにしたり、腹が減った時にボリボリ噛んで食べるのだ。実に旨い!!

 プールで泳いだ後は蜂蜜入りの飴を2,3個口に放り込む。チョコレートは必ず冷蔵庫の中に入っている。疲れた時はバリバリ食べる。

 スペインのアイスクリームも大好きで、これも各種冷蔵庫に入っている。夕食後には必ずコーヒーカップ大のアイスクリームを食べる。

 一年が終わろうとする12月に突然痛み出した原因は、これら僕の大好きなモノを矢鱈と食べる食生活にあるのだろうか…?

 東京に戻った日、行きつけの米良歯科を訪ねた。僕の歯の状態を知り尽くしている先生は「ボチボチ治していこうね…」と一言。

 僕に対して「年と共に、歯も弱ってきているから、固いモノは控えるように…。甘いモノもね…」等と決して言わないのである。

 老人呼ばわりされる事を僕が一番嫌っているからだ…。

 ここで強くアピールしたい!!

 耳鼻科はスペインの医師が丁寧で親切だが、歯科医は絶対日本の医師が良い!!

 静かで穏やかな1月の東京地方。近くの深大寺に初詣に出かけた。

 勿論「今年も健康で過ごせますように…」とお願いをした。

読者の皆様の健康を祈念して御年賀にさせて頂きます。