Vol.166

美味しいオリーブ・オイルを求めて・・・
オリーブ樹一色のプリエゴ村へドライブ

倉 持 隆 夫


 スペイン全土に秋の深まりが感じるようになった。

 『高地・エストレマドーナ州サンタバーバーラ山道の小石が、辛子色の冬草によって、こん盛りと包み込まれた』

 『夏に訪問したエル・モナステリオ・デ・ピエドラの国立自然公園の緑がすっかり無くなり、白樺の木が裸になっている』

 『シエラ・デ・マドリッドの山に住み着く鹿が、恋人探しに夢中で甲高い声で鳴いている』

 『雨季を迎えたセビージャはグアダルギビル河が増水し、通称トリアナ橋が深く沈んで見える』

 『葡萄の産地、リョゥハ地方のベンディミナ[モストと呼ばれる足踏み葡萄酒の新酒]はシーズンの終わりで最後のモスト造りに精を出している』
等など、新聞やテレビが深まる秋の風景を家庭に提供してくれる…。

コルドバの山間部・ブリエゴ村へ

 そんな静かな秋たけなわのある日、脇田太造君から電話を貰った。

 太造君は嘗てこのエッセイでも紹介したが〔Vol.106Vol.154〕、永年にわたり、スペインで料理の勉強をし、レストラン経営のノーハウを学んだ未来のレストラン経営者である。

 僕らとは贔屓にしているセビージャのレストラン・カサ・ロブレスで修業している頃に知り合った。

 彼は、今年の夏に故郷の名古屋に帰り、レストラン経営の第一歩を踏み出すべく、スペイン食品の輸入会社『AL SOL・日向で』を立ち上げたのだった。

 「あっ、隆夫さん、僕は今、セビージャにいます。スペイン各地の食品会社を訪ねて調査したり、コネクションをつけたりしています…」

 その夜我が家でチラシ寿司を食べながら彼の話を聞くことになった。

 「僕が将来オープンするレストランは、やはりスペインの美味しいものに拘りたいのです。その為には自分で体験し味わった食品をスペインから輸入しなければなりませんので、仲間と輸入業の勉強をしながら頑張っています。すでに、ナバーラ地方のホワイト・アスパラ、ブルゴス地方のモルシージャ・デ・ブルゴス(血のソーセージ)、ロドーサ地方の赤ピーマン、カンタブリア海のアンチョビ、ビンチョウマグロのオリーブ油漬け、ヘレスのビネガー、カセレス地方のトルタ・デ・カサール(チーズ)、等などは現地を訪れて話をしてきました。これから、日本人の口に合いそうな物を探す旅がまだまだ続きます…」

 彼が述べた食品は僕等も好んで食べるものばかりだったので、彼の選んだ食品は日本人にも合いそうだ、と納得がいったのだった。

 「太造君、オリーブ・オイルは今、日本の方々に見直されているよ。動物性の油が肥満やコレステロール増加に加担している事が解り、植物性の油を嗜好する人が増えているよ。僕等も散々スペイン各地のオリーブ・オイルを試してみたが、仲良しのアナの薦めでコルドバの山奥にあるプリエゴ村のオリーブ・オイルを味わったら、もう、病み付きになってしまったよ。味も良いし、ベタつきのない舌ざわりが最高だよ。

 日本の家族や友人にも船便で送ってあげたら、リクエストが来たよ。頼むからプリエゴのオリーブ・オイルを送ってくれ、と…。コルドバ出身のアナは子供の頃から、このオリーブ・オイルに馴染んでいたそうで、アナの家では、代々、ブリエゴのオリーブ・オイルを愛用しているという…。一度現地を訪れてみないか…?」

 「そうですか、僕もオリーブ・オイルを探していましたので、ぜひ行きましょう・・」

 こうして僕らはコルドバの山間部・ブリエゴ村を訪れることになったのである。

セビージャからアウトビアで
ひたすら丘陵地帯を走る

 スペイン各地をレンタカーで飛び歩く太造君は車の運転が上手い。そしてレンタカー屋にも詳しい。

 「セビージャのセントロはレンタル料金が高いので、空港のソルマルで借ります。新車のセアットで1日でも2日間でも料金は変わりません。40eur+ガソリン代金でOKです。僕は日本の免許証をEUの免許証に代えましたので手続きも簡単です」

 僕もオートマティック型で取得した国際免許証を持参しているが、スペインには車販売会社にもレンタカー屋にもオートマティックの車は殆ど見当たらないのが現実で、従って一度も運転したことが無いのである。

 セビージャ市内からアウトビアA-92(高速道路)に乗りグラナダ方面を目指す。

ドライバーの太造君は実に慣れた運転で、直ぐに左側の追い越し車線に入った。スピード計時は150キロ。快適なドライブである。

 車窓の風景は、今は花も何も無い丘陵地帯が続く。所々で冬の準備であろうか、野火が焚かれていた。高速道路沿いに夏の間咲き誇っていた純白の夾竹桃の花も落ち、背が高くなった葉のみが風に揺らいでいる。

 スペインの殆どの車には日本の様なナビが設置されていないので、ドライブに出かける際は道路地図を丹念に見て、目的地への高速道路の降り場所を確認し、一般道路を走る際は経過する村の標識を探しだし頭に入れておく必要があるのだ。

 標識の見方は、田舎に向かう場合は村の名前である。

 僕らは、A-92のオスーナを通過してプエンテ・ヘニル村へ向かう一般自動車道路106に降りた。ここからはコルドバ県である。

「アセイテ・ビスカンタール」

 ここらあたりまで走ると、あたり一面が一変する。

 広大なコルドバ大地が平坦な部分と柔らかいウネリの部分を繰り返しながら地平線の彼方まで果てしなく続く。そこに植えられているのは、全部、全部、オリーブの樹だけである

 お腹が空いたのでこのプエンテ・ヘニル村でお昼ごはんにした。小さい村だがセントロにはレストランが幾つかある。知らない土地は地元の人に聞くのが一番いい。

 教えられたレストラン・カサ・ペドロの牛肉と野菜の煮込みは美味しかった。

 車はルセーナ村から318に入りカブラ村で339に乗り変えプリエゴ・デ・コルドバ村へ一直線の道を行く。セビージャから3時間で目的地に到着した。

 この間も目に入るのはオリーブ畑ばかりで他の野菜畑や果物の樹などは全く視野に無かった。この地域は、収穫が早いオリーブの生産地として名高いハエン県と隣り合わせの村々が続くのである。

 つまり、品質の良いオリーブの生産地・ハエン県とは地続きだから良いオリーブが採れる土地柄なのである。

 アナに紹介された極上のオリーブ・オイルの銘柄は“Aceites Vizcantar・アセイテ・ビスカンタール”という。オリーブ・オイルという言い方は日本語的で、スペインではオリーブ・オイルの事をアセイテと言う。因みに漬物替わりにボリボリ食べるオリーブの実はアセツゥーナである。レストランやバルで「オリーブ頂戴!!」と注文しても絶対に理解してもらえないので要注意!

 アナが前もってオーナーに約束してくれてあったので、アセイテ・ビスカンタールの事務所でオーナーのロドリゲス・ヒメネスさんが僕らを迎えてくれた。

 オーナー自らがカンポ(自分のオリーブ畑)とオリーブ工場を案内してくれるのだ。スペインは全ての分野に渡ってコネ社会なので、紹介者ナシでは相手にしてくれない、という慣習がある。

 「さあ〜行きましょう…すぐそこですよ…」と言うので、回りのオリーブ畑に目をやると、さっさと車に乗り込むではないか。

 凡そ10分、自動車道路を右に入ると細い車道が連なっている。農道である。車道以外は右も左も全部オリーブ樹林に覆われた丘と畑と、緩やかな勾配の山と谷である。人の姿は見当たらない。僕らはオリーブ樹林の中に放りこまれたのだ。

 「これが我々ファミリーのオリーブ畑です。広さは200万ヘクタール程かな…。あっちの山も、こっちの山も、そこに流れる川も、ファミリーが管理しています。あの一番高い山がビスカンタール山です。オリーブの樹は約8万本…どんどん増やしています。自慢のオリーブの樹は、この樹です。樹齢1500年、まだ生きています。オリーブの実をたわわに付けてくれます。この山に1500年前に自然に生まれてきたオリーブの樹を我々の遠い先祖が大事に育て、代々受け継いできたのです。周りのオリーブの樹も300年、400年と年輪を重ねた樹が沢山植わっていますよ。みんなオリーブの実を付けてくれます」

 ヒメネスさんが指したオリーブの樹は、幹が黒く鈍く、ゴツゴツしていて如何にも丈夫そうに見えるが、所々が風雪に耐えられなかったのであろうか削り取られている。しかし、白味を帯びた先の尖がった葉は緑が濃く、青いオリーブの実がしっかりと付き、真っ青な空に向かって逞しくそそり立っている。根本は人間が10人程で囲って、やっと手が繋がる程の太さである。この老木なら、例え嵐が来ようとも、大洪水が氾濫し山崩れが起ころうともビクともしないであろう。

 我々は余りの規模に仰天し、オリーブの樹の寿命に感心してしまった。

紀元前の歴史が息づく大地

 ヒメネスさんの案内が続く。

 「この広大なオリーブ大地の地の底には遺跡が眠っています。それも、スペイン国が誕生する以前の紀元前4000年紀に住み着いたスペインの原住民・イベロ人が作った土器や壁画がね…。一部は村の博物館に展示してありますが、もう永久に発掘することは不可能でしょう。つまり、ここはイベロ・即ちイベリア半島、スペイン国の原点の地なのですよ・・」

 僕らはまたしても唖然となってしまった。

 スペイン国の原点はイベロ原住民である事は歴史の本で知っていたが、まさか、今、佇んでいる処にイベロ原住民が住み着いていたとは…紀元前の歴史は想像もつかない・・・・。

 ヒメネスさんはオリーブの実が鈴なりになっている樹の下に僕らを案内し、無造作にオリーブの実をもぎ取った。

 「これがpicual・ピクアールというオリーブの実です。この土地に出来るオリジナル品種で毎年実が付き大量に収穫できます。ちょっと食べてごらんなさい。美味しいよ・・」と言って僕らに勧め、彼は採りたて生のオリーブの実を口の中に放り込みムシャムシャ噛みだした。僕等も真似をしたが、もう、青臭い味と渋さに我慢できず吐き出してしまった。日本人の僕らには到底食えるものではない。

 「ハッハッハ・・次の品種はhojiblanca・オフィブランカといって実が大きいのが特徴です。実そのものを食べるアセツーナの高級品として使われます。ボリュームがあるのでオイルが一杯採れます」

 「この緑が一層鮮やかな品種がpcuda・ピクーダです。ちょっと苦みがあるがオイルに欠かせない品種です」

 彼は3種類のオリーブの実をパクパク食べながら「我々が造るアセイテ(オリーブオイル)は、この3種類の実から出るオイルをブレンドさせて、フルーティな味、青臭さの残る味、あっさりした味、濃厚な味などを製造します。我々のアセイテ・ビスカンタールはお陰さまで大好評です。スペインはもとより、イタリア・フランス・アメリカの食品業界からも賞を何度も頂いています。・・・・日本人にも合うと思いますが・・・・」

 太造君が身を乗り出して「日本へも送ってもらえますか…?」と聞いた。

 「勿論、考えましょう。日本に輸出する場合は厳しい検査官の審査を受けなければならないようですが、我々のアセイテは悪いものは一切使用していないので税関は問題ないでしょう…」

 太造君は僕の目を見てニコッと笑った。

広大なオリーブ畑と工場
あまりのスケールにびっくり

 彼が所有するオリーブ密生樹林の中でアッという間に1時間以上が過ぎた。まるでオリーブ樹海をハイキングしているかのようだ。樹海から見上げる青空がセビージャの街から眺めるセルリアンブルーよりも青みが濃く見えた。空の片隅にある小さい雲は全く動こうとしない。

 「さあ〜工場に行きましょう…」

 工場も歩いて行ける距離ではない。丘陵地帯を登ったり降りたり、これまたデカイ工場に辿りついた。

 「今は穫り入れ前ですから作動していません。まもなくプリエゴ村のオリーブの収穫が始まります。ルーマニア、セネガル、ボリビア、等から季節労働者が大挙してやってきます。とても賑やかですよ。彼らは兄弟、家族でやってきて、來春まで、ここで働きます。彼らの労働力なしにはこの広大なオリーブ畑を経営することは出来ません。彼らは収穫したオリーブをこの工場に運び、指導者のレクチャーを受けながら、流れ作業に従事します。活気がありますよ。造られたアセイテは地下の貯蔵器に蓄えられるのです。またこのプリエゴ村は大きい山、小さい山と起伏に富んでいますのでハイカー達に人気があります。オリーブ畑を周りに観ながら歩くのが楽しいようですね…」

 僕らは地下に降り、金属製のはしご付き貯蔵器を見せてもらったが、まるで石油タンクの様な大きな貯蔵器が20個も聳え建っていた。

 大規模な工場にハイキング・コース…。

 余りにも驚かされる事ばかりである…。

 僕らは再び事務所に戻った。

 数々の商品が展示してある。裏は商品置き場になっている。一角には各国から受賞したトロフィと賞状が飾られている。

 ヒメネスさんが数種のアセイテをコップに注ぎ「遠慮なく試飲しなさい・・」と言ってくれた。

 確かにそれぞれ味が違う。

共通しているのは、混ざりの無い、純粋のオリーブ・オイルだと確信できる事である。

 僕らは以前にアナから貰い、その後も、このプリエゴ村から宅配してもらっている銘柄を選んだ。僕らの舌に馴染んでいる味だからだ。

Aceite de Oliva・Virgen Extra
Senorio Vizcantar…1リットル缶…4eurを20缶、
同じ銘柄の500cc瓶…3.8eur…20本を買い求めた。

 日本の家族や友人へ送るものとアナへのお土産である。

 工場から直接買うと、こんなにリーズナブルな値段になるのだ…。

 しかし日本までの船便代を考えるとそれ相当な値段になってしまうが…。

 太造君は色々な種類のアセイテを買い求めていた。日本に持ち帰り、食品輸入検査官にお伺いする為である。

 「輸入業は簡単な様ですが、何しろ食品ですから間違いは許されません。こちらのオリーブ・オイルは確かに日本人の味にピッタリかと思います。スムーズに輸入出来れば良いのですが…」

 後日談だが、買い求めたオリーブ・オイルの値段を女房に問い合わせたところ「あら、値段が知れてしまうわね…。こんなに安い物と思われてしまうわ…」と、女房は言った。

 女という奴はどこまでも見栄っ張りなんだろう…と、僕は思った。