Vol.149

「人生の全てがセマナ・サンタの為にある!!」
セビージャっ子は、何が何でもセマナ・サンタなんだよ

倉 持 隆 夫


 セビージャに春が巡ってきた。スペインの北の地方に住む人達も然ることながら、ヨーロッパの北国の人々は、今か今かと遠い春を恋しがるものだが、暖かいスペイン南部のアンダルシア市民も3月の声を聴くと見も心も軽くなるようだ。2月一杯はコートを着てドタドタと歩いていた市民が「プリマベーラ・春」という言葉の響きを耳にするだけで、歩く足もトントンと軽くなる。

 マドリッドからAVEに乗り、セビージャへ南下する車窓からは、満開のアルメンドロス・アーモンドの花がピンク一色に咲き乱れ、日本の桜が満開になった状態とそっくりの風景に遭遇できる。思わず日本のお花見風景を思い出す。

 また、グワダルギビル河沿いをゆっくり歩けばマリポーサ・蝶が舞い、蜜を啄ばんでいる。この蝶は、日本で春先によく見かける菜の花畑に群がるモンシロチョウとは違い、蝶の収集家なら涎が出そうな、羽根の両側に純白の模様が浮き出された実にきれいな紫色の蝶である。手を出せば捕らえられそうだが、余りにも熱心に蜜を吸っているので唯じっと見つめている事にする。更に、雑草が生い茂る川淵の茂みの中では、アベ・嘴のある鳥類、のカップルが長い嘴を突っつきあいながら早くも恋を楽しんでいる。

カテドラル大聖堂は
セビージャ市民の誇り

 そして、3月はセマナ・サンタの季節だ。

 このエッセイに何度も書いたが〔Vol.1 Vol.79 Vol.104 Vol.128〕、セビージャのセマナ・サンタは、その繰り出すパソ(山車)の数や華麗さ豪華さからいっても世界最大規模のキリスト生誕の祭典である。

 その賑わいはカトリックの総本山ローマ・バチカン以上である。

 この賑わいの原因は、市民のほぼ100%がカトリック教徒だからである。

 彼らはイエス・キリストの死を悼み、その死を嘆き悲しむ聖母マリアを実の母親の様に慕うのである。その敬謙なカトリック信者の心の中を曝け出す祭典がセマナ・サンタなのである。この祭典の起源は1520年だというから、まさに歴史的なお祭りである。

 祭りのクライマックスは当然、世界3大カテドラルの一つでセビージャ市のシンボルであるカテドラル大聖堂にて執り行われる。セビージャ市内各地の教会を出発した数百年来の伝統を持つパソは全てこのカテドラルへ向かい、スペイン・カトリック界の重鎮カルロス・アミーゴ・パジェホ枢機卿による荘厳な聖餐式を受けるのだ。

 従ってセビージャ市民は、カテドラル大聖堂の存在を誇りにしているし、彼らの心の糧にもなっているのである。

工事現場の職人たちも
食事もそこそこに働き通し

 セビージャ市民の心をささえ養うセマナ・サンタ……。だから、セマナ・サンタが近づく2月中旬頃からセビージャ市民は「まもなくセマナ・サンタがやってくる!! 我々の想いは、何が何でもセマナ・サンタ!!」という思いでこの時期を過ごすのである。

 例えば、工事現場の職人達や大工、左官屋さん達の仕事振りで一番ピッチが上がるのは2月中旬から3月である。職人達の殆どがセビージャっ子だから“3月はセマナ・サンタの季節”という意識を強く抱いている。その為「今年の聖週間が始まる3月16日日曜日前の金曜日迄には、予定の仕事を必ず終えよう」という心構えを持って仕事に向かうからなのである。

 だから日頃なら、午後1時半に仕事を止め、自宅に帰りゆっくり食事をし、午後5時半から、再び現場での作業に入るのを常としていた職人達が、仕事の調整具合によっては、愛妻弁当持参で、現場でアタフタと昼飯を食い仕事を再開する。朝の8時から夕方7時過ぎまで働き詰めの職人も数多い。

 それもこれも、セマナ・サンタの為なのだ。

セマナ・サンタは
家中を綺麗にして迎える

 ほぼ100パーセントの市民が熱心なカトリック教徒だから、世界最大の規模で一週間に渡って繰り広げられるセマナ・サンタは、セビージャっ子にとって、最大の楽しみであり、聖週間の一週間は仕事を休み、キリストとマリア様と一心同体に成れる神々しい日々でもある。

 仕事に拍車がかかるのは働く男ばかりではない。家を守る奥さん方も大いに働く。年に1回か2回くらいしか洗濯しない“大物”の洗濯にとりかかるのだ。

 そう、カーテンである。

 アンダルシアの住宅は、ピソ(マンション風住宅)も一戸建て住宅も窓が多い。燦燦と降注ぐ太陽の光と爽やかな風が部屋に流れ込むという自然の恩恵に預かる為である。その窓という窓には必ずカーテンが敷かれている。薄手のカーテンと厚手のカーテンが組み合わさっているので、このカーテンの洗濯は重労働である、でもこの時期、セマナ・サンタを前にセビージャの奥さん方は洗濯をする。ほぼ半日掛りで…。この時期、屋上の洗濯もの干し場は色とりどりのカーテンが風に吹かれ舞っている。

 セマナ・サンタは家中を綺麗にして迎えるのが、セビージャ市民の慣わしなのである。

 我が家は旧市街のピソの為か天井が高く、カーテンの長さは7、8メートルも要し、しかも4ヶ所もある。大きくて重いので洗濯はおろか、取り外しだけでも相当疲れてしまう。女房は「洗濯しなきゃ…」と、呪文のように口にするが、まだ実行していない。

 天気のいい日に早起きしてカーテンを洗い、2人で屋上に上がり、2人でロープに掛けるのだ。カーテンは左右に下がっているので、この作業を8回繰りかえさなければならないのだ。都合の良いことに、セビージャの太陽は強烈だから1時間ほどでカラカラに乾いてしまう。早速取り込む。次ぎに干す奥さんが待っているからである。

ペンキ塗り、観葉植物の手入れも
欠かせない行事

 セマナ・サンタが近づくと旦那方の仕事も増える。ペンキ塗りだ。

 部屋の汚れた壁や天井を塗り替えるのだ。スペインの家庭はどこの家でも天井まで届く折りたたみの梯子が用意されているし、ハケやブラシも生活必需品である。ペンキの素材は家庭用として、市内の彼方此方で売られている。実に簡単なもので、水で薄め、ベタベタ塗ればいいのだ。仕上がりもプロの職人が塗った様に綺麗に仕上がる。

 我が家のピソの天井は僕が塗り替えたものだ。ペンキ塗りは、セマナ・サンタを清清しく迎えるための行事みたいなものだ。

 我が家のピソの玄関門や表通りに面した壁などは我がピソのポルテーラ(女性の管理人さん)・エロイサが塗り替えてくれる。その慣れた作業は、何ら辛い仕事をしている様に見えない。歌を口ずさみながら陽気に楽しく仕事をやっつけてしまうのはセビージャっ子の性格そのものなのだ。このエロイサが8ヶ月以上に渡り入院、癌と戦った女性とはどうしても思えない。セビージャっ子は、癌は普通の病気であり、治るものと信じているからなのである。エロイサのペンキ塗りが始まると僕は、エロイサの大好きなチョコレートを持ってエロイサに差し出す。「グラシア!!タカオ!」と言うエロイサの笑顔はとてもステキである。

 玄関先が綺麗になるとエロイサは、パティオの観葉植物の手入れに精を出す。パティオの数ある観葉植物は住民や訪問者の目を愉しませてくれる我がピソの顔なのである。しかし、ほって置くとホコリを被ってしまい緑が薄れてしまうのだ。エロイサはバケツにオリーブオイルと水を混ぜ、葉を一枚、一枚、丁寧に拭いていくのだ。骨の折れる仕事だが4,5日かけて、見事に緑を甦らせとくれる。我ら住人を喜ばせ、綺麗になってセマナ・サンタを迎えてもらいたい、というエロイサの優しい気持ちなのだ。

創業192年
セマナ・サンタを前に賑う帽子屋さん

 さて、我が家は、老舗の店が一杯並ぶフランコス通りにあるが、セマナ・サンタの為に何十年も店を構えている店を紹介しよう。日頃はひっそりとしているがセマナ・サンタを迎える1ヶ月前位から、俄然賑い出す。3月に入ると店の前に行列が出来る程なのだ。

 その店は、”ANTIGUA CASA RODRIGUEZ”古いロドリゲスの家という。何を作り販売しているのかというと、単純に言うと帽子屋さんである。

 と言っても、カビノーテ専門の製作販売店なのである。

 セマナ・サンタを一度でもご覧になった方は想像がつくと思うが、豪華絢爛なパソ(山車)と共に行進する大集団は、それぞれが目の部分をくり貫いた異様な三角のとんがり帽子を被って街中を練り歩きます。この三角帽子がカビノーテなのです。大集団はそれぞれの教会会員で熱心な信徒達、ナザレーノと呼びます。

 キリスト像やマリア像を祭ったパソは今年も58ヶ所の教会から曜日毎にカテドラル大聖堂に向けて教会を出発します。行進に参加するナザレーノは1教会凡そ700人〜1000人、木曜日の深夜1時に教会を出発する市民や観光客に最大人気の“LA MACARENA”に至ってはナザレーノの数は2000人〜3000人に膨らみます。

 このナザレーノ達が被るカビノーテを一手に引き受けているのがロドリゲスの店なのだ。単純計算で1教会のナザレーノの数が1000人として、58の教会だから58,000個のカビノーテが必要になる。カビノーテは毎年作り変える物だから、ロドリゲスの店はセマナ・サンタが終了した翌日から1年係りで来年用の製作に取り掛かるのである。

 このカビノーテの製作は熟練を要する。目の位置や幅、頭の周囲のサイズ、高さ、カラー、など等、それぞれ大人から子供までのカビノーテを製作するのだから手間隙を要するわけだ。ロドリゲスの店は1816年に創業、すでに192年もの間、このカピレーテを造り続けているのである。それもこれも全てがセマナ・サンタの為なのである。

セマナ・サンタのために
路面電車が運行を中止する

 最後に、ちょっとタマゲタ話題を…。

 昨年の晩秋、半世紀ぶりに開通したコンスティシオン大通りのトランビア(路面電車)は、市民にも観光客にも非常に評判がいい。なにしろセビージャ市内の中心地、セントロの過密地帯、人々が一番多く集まるエリアにこのトランビアが開通したのだから利用度も高いし、環境面でもCO2が廃除され気持ちがいい大通りになった。

 しかし、この大通りは、例年なら左右に観覧席がビシッと設営され、セマナ・サンタ名物のパソを見物する最高の舞台になる。市内58教会から出発したパソは最終の花道ともいうべきコンスティシオン大通りを行進し、カテドラル大聖堂のキリスト降誕の扉からカテドラルに入り、厳粛なミサを受けて王室礼拝堂の正面扉から広場に出るのである。

 だが今年は路面電車が走っている為、パソの行進、音楽隊の行進、ナザレーノの行進、総てが不可能になったのだ。セビージャっ子は口々に「今年はどうするのだ!! 行進は中止するのか、いや進路を変換するのでは…?」など等と喧喧囂囂であった。

 しかし、さすがにセマナ・サンタあってのセビージャだね、何と「セマナ・サンタの1週間はトランビアの運行を中止する」という当局の発表があったのだ。

 しかも巨大なパソが行進し易くするために、トランビアが通る線路の上に掛け渡された送電線、それを繋ぐ鉄柱、そして信号機も、全部取り去るという大工事を敢行するのである。

 セビージャ市で開催される世界最大のキリストの祭典・セマナ・サンタの行事とはいえ、公共の交通手段を1週間も停止するなんて、日本人の僕には考えられない!!

 しかし、セビージャっ子は「この撤去工事に何億eurも要するが致し方ない。また何万人の人が迷惑するかは想像できるが、セマナ・サンタの為ならしょうがない」といった風情なのである。

 こうして今年も観覧席が完成した。パソの花道も整備された。

 まったくもってセビージャという所は理解しがたい一面を持っている。

 まあ〜そんな事を言いながらも、僕は、セマナ・サンタの1週間は朝に、昼に、夕に、深夜に、パソ見物に出かける事になるであろう。別にカトリック教徒でもないのに、毎年、セマナ・サンタを見学して感涙するのは如何してなんだろうか……。