Vol.140

「今日は午後から雨…」
セビージャっ子が一番寛ぐ土曜の昼…

倉 持 隆 夫


 スペイン人は天気に敏感である。大人も子供も、若者も年寄りも、必ず朝のテレビの天気予報を食い入るように見る。生活情報の中では一番重要な情報だから、テレビ局側も朝のニュース枠では、15分間隔で天気予報を詳しく報道する。お天気を知らせた後は必ず気温を明示する。特に秋の空模様は変わりやすいから、前日の予報は当てにならないので、当日の朝の情報に従って、人々は装いを決定するのである。半袖を長袖にしたり、セーターを持ったり、上着を羽織ったり……。

 僕らの住むアンダルシア地方は一年中温暖な地中海性気候と言われているが、この秋口は暑い夏の反動で、突然、雷鳴が光り、猛烈な強風と激しい雨のトルメンタ[嵐]に襲われる事もある。従って、一夜明けたら、予報がガラリと変わる事もしばしばあるのだ。

 セビージャ市民は何事につけ、のんびり、ゆっくり、で、自己ペースを守る気質だが、こと天気予報に関しては実に忠実に天気予報を信頼しているようである。朝のテレビの天気予報が「午後からは雨模様…」と伝えると、道行く人々は、大人も子供も傘を持って歩くのだ。100%の人々が…。

 僕は朝9時に家を出てピスシーナ・セビージャ[フィットネス・クラブ]に向かうのが日課だが、すれ違う勤め人の男も女も、そして親に付き添われて小学校に通学する低学年の子供たちも、「予報は雨…」を信じて、レインコートと傘を持たされている。

 傘を持つのが大嫌いな僕は「午後から雨になるかも知れないが、今、降ってないのだから」を理由に絶対に傘を持って家を出ない。その結果、帰りは雨に降られ、ビショビショになり、散々な目にあう。

 スペインの天気予報はよく当たる。確率100%と言っていい。

スペインの今年の夏は涼しかった

 お天気の話しついでに、今年の夏の天気を振り返ってみよう、と思う。

 僕は今年の夏、恒例の一時帰国で、東京で“猛暑日”を体験したが、スペインの今年の夏は、比較的、涼しい夏だった様だ。スペインの夏が暑かったのか、涼しかったのか…の判断は非常に難しいが、先頃スペイン気象庁が「過去115年間の記録を元に比較すると、今年は例年になく雨が多く非常に涼しい夏・冷夏であった」と、発表した。

 更に、雨と冷夏によって被害甚大だったのは、海・山のリゾート地が不景気だった事、また、夏場を稼ぎとするアイスクリーム屋とオルチャタ屋[夏向き飲料水]の売れ行きが激減した事と伝えている。

 その反面、冷夏によって良い結果をもたらしたものもある。

 それは、夏場の“スペイン名物”山火事が極端に少なかった事である。

 例年、気温35℃以上の日が3日間続くと、植物が乾燥し、極度に燃えやすくなるため各地の山岳地帯で山火事が数多く発生するが、この夏は冷夏と雨により、カステジョン県の山火事で1500ヘクタールが焼失、グラン・カナリア島で20,000ヘクタールの大地を焼失、テネリフェ島で3,000ヘクタールが焼け野になった程度で、山火事は昨年よりも66パーセントも少なく、ここ10年間の平均よりも20%も減少したのだそうだ。

 しかし、上記の数字は、日本の13倍もあるスペインの国土だから「大した事ではなかった」と、言えるのであって、国土が少ない日本人の僕が聞くと、たまげるばかりの、山火事における被害に思えるのだ。

 日本は地震に悩まされるが、スペインには、日本では殆ど発生しない山火事という恐ろしい大地の怒りがあるのである。

スペイン人は週末は働かないよ

 さて、気象状況の巡り合わせなのか、神の恵みなのか、判らないが、我が街セビージャの週末は秋になっても良いお天気が続いている。夜中に降った雨も朝には上り、しっとりとした秋の風情が街に漂っている。雲もいつのまにか消え去り青空が毎日覗く。カラリと晴れ上がったセビージャの、秋の週末の天気は、神が与えてくれた市民の休養日なのだ。

 『神の恵み』…僕はカトリック教徒ではないので、聖書を読んだことがないが、仲間の敬虔なカトリック教徒に聞いたところ、聖書には『人間は休養が必要である。休養せずに働くのは罪悪である』という意味の事が認められているそうだ。100%のセビージャ市民がカトリック教徒であるところから、週末の土曜・日曜は働くのは止めて休養しなさい、という聖書の教えに従って、週末オフィスに通う人々は皆無である。

 土曜・日曜は家族と過ごし、日曜日は家族そろって教会の礼拝に…がカトリック教徒達の身体に染み込んでいる生活リズムなのである。

 日本企業のマドリッド支店に勤務する友人がこんな事を言っていた。

 「スペイン人は怠け者という日本のビジネスマンがいるが、とんでもない。勤務時間は一生懸命働いてくれるよ。但し、土曜・日曜の勤務は極端に嫌うし、残業も絶対にしない。給料が多い会社よりも労働時間を優先する企業を選ぶのだ。日本だったら笑われるかも知れないが、金曜日の午後などは、女房と買い物に行くので失礼…と堂々と退社していく男もいるよ。僕ら日本人スタッフは、毎日、残業だよ。土曜日に出勤することもシバシバあるよ。彼らは僕らの顔を見て、休みの日に働くなんて、何て罪悪な…という顔をするよ」

僕たちが週末に必ずすることは…

 さて、週末の土曜日の午後、僕と女房は必ずサルバドール広場でビールを飲んでいる。旅行で留守をする以外、欠かしたことがない。

 この広場の象徴は古色蒼然たるサルバドール教会である。この教会はカルロス国王の長女クリスティーナ王女が結婚式を挙げた由緒ある教会で、現在は補修工事の最中である。

 その教会の正門前広場がプラサ・デラ・サルバドールである。日ごろから市民の憩いの場になっているが、特に土曜日の午後は“家族そろって”の寛ぎの風景が展開される。

 その正面に、セビージャで一番古いボデガ[立ち飲み酒場]La Antigua Bodeguita[ラ・アンティグア・ボデギータ]が存在する。

 “立ち飲み屋”と言うイメージは日本風に解釈すると、言葉は悪いが、日雇い労働者が1日の労働を終え、焼酎を呷るマイナーな酒場を連想すると思うが、スペイン各地にあるボデガはこのムードとは大分違う。

 特にこの店はセントロの中心にあるため、主な客筋はサラリーマンのホワイト・カラー、市役所職員、芸術家、政治家、大学生、学者、お年寄り、地元っ子らの男女で占められる。そこには疲れた顔がない。陽気で明朗なラテン民族の顔がある。

 “ラ・アンティグア・ボデギータ”はすでに創業100年を超えたボデガの老舗で、小さい店だが入り口が2つ在り、真ん中の壁をくり貫いて、酒のつまみを出し入れする、というユニークな造りになっている。しかし、この店は、店の中で飲む人は殆どいない。外で飲むのだ。店の前に広がるサルバドール広場が酒場の延長で、常に300人〜500人のセビージャっ子がワイワイ・ガヤガヤお喋りに夢中になりながら飲んでいる。全部、土地っ子だ。

 これだけの集団が気炎を上げて飲んでいる様は、異様な風景に写る。従って観光客は一人もいない。なんだか物騒な雰囲気もあるから近づき難いのである。僕らも最初の頃は、店に入ることが出来なかった。しかし、酒飲みの僕は「ここは良い店に違いない!!」とピンと来たのである。以来病みつきになって平日もしばしば訪れる。

 通っているうちに、僕も女房も、カマレーロのアントニオの仕事振りに惚れ込んでしまった。僕が好む“職人肌”の芸をサラッと客の前で見せるアントニオ。

 本人は全く意識していないのだと思うが、客の目はアントニオの熟達した仕事振りに感心した様子を見せている。

 アントニオは、生ビールの注ぎかたが実に手際よく、そして美味い。まさに職人芸だ。忙しい店だから、アントニオは5、6人の客を一斉に捌く。でも、客の注文を的確に捉え、美味い生ビールと注文を受けた摘みを間違いなく、そして迅速に客の前に出す。彼のフットワークはスポーツ選手のように美しい。一度アントニオとカジェで出っくわした事があったが、彼は右足を引きずるように歩いていた。片足が不自由な男だったのだ。

 更にアントニオは、「ラ・クエンタ!! 勘定!!」の声が掛かると、絶対に間違いのないチケット[請求書]を客に提示する。一度だって、客とのトラブルを見たことが無い。僕は酔っ払うと「ツリは要らないよ!」と言う癖があるが、チップの部分はカマレーロ達のチップ預金箱の中にポンと投げ入れる。絶対に自分のポケットに入れないのである。まさに、カマレーロの鑑だね。正直者なのだ。

最近、感動したことがあるんだ

 話は脱線するが、正直者ついでに、つい先ごろ感心した…? いや感動した出来事に遭遇したので、書かせてもらうよ。

 僕は日課としているピスシーナ・セビージャでひと泳ぎした後、女房に頼まれて、近くのメルカドで買い物をすることがあるが、この間、3週間ぶりにメルカド37番のフルテリア・マヌエル・モレーノの店を覗いたんだ。

 この八百屋は、新鮮な野菜を扱うから、僕は贔屓にしている。でも、セビージャの奥さん方と違って、キロ買いはしない。夫婦2人なので、例えば「ジャガイモ3個、キュウリ2本、バナナ3本、トマト2個」と言った様にケチな買い方なんだが、この日、とても新鮮なホーレン草が目に入ったのだ。

 「これを一束頂戴」と言ったら「おう、旦那、この間のお釣、10センチモ[約15円]足りなかったな。済まなかった…」とマヌエルが言うではないか。

 僕はキョトンとした顔をしていたが、3週間前に同じくホーレン草を買った時、10センチモ少ないような気がしたが、まあ〜いいや、という思いで、すっかり忘れていたのだ。

 マヌエルは僕が買い物に来るのを待っていたのだ。

 余りの正直さに僕は感動して、この日はミカンやらオレンジやらその他、野菜を沢山買い込んだ。両手いっぱいの野菜を見た女房は「何よ、こんなにいっぱい、食べきれないじゃない!!」と、怒ったが、僕は理由を言わなかった。と、こんな出来事があったんだよ…。

週末、広場での僕の楽しみは…

 ところで、勿論、この広場は公共の物なので、一部駐車場になったり、商人たちの車が出入りしたり、通行人が横切ったりするが、客達は一歩も動こうとしない。この騒ぎを知っている地元の人たちは、従ってこの広場を無視して回り道をすることになる。

 酒場のオーナーは公共広場を気にしてか、開店は午後1時から3時半迄、夜8時から午前0時迄を厳守している。そして閉店後は客たちが散らかしたゴミをきれいに清掃していく。当局もウルサク言わないところが如何にもセビージャらしい。だって警官も婦人警官も平気で飲んでいるのだもの…。

 この店は、月曜から土曜迄。日曜日は、聖書の教えに従って、従業員たちの休養日になるからだ。

 客は、お代わりをしたい場合、カウンターに行きカマレーロに注文、お金を払って、自分でビールの入ったコパ[グラス]を持ち再び広場に出る。キャッシュ・オン・デリバリーのセルフ・サービスである。

 広場には点々と背の高いメサ[テーブル]が置いてあるが、腰掛はない。スペイン人は立ち飲みを何とも思わない習慣なのだ。大概の人は立ち飲みだが、大きなモチージャ[リュック]や教科書を持った学生やこの広場に集まるヒッピー達はサルバドール教会の階段に腰を下ろして飲む。犬を連れた人は地面に直接座って飲む。警官やガードマン達は制服を着たまま飲む。彼らは、長居はしない。サッと飲んで居なくなる。

 この店の特徴は、先々代の親父から受け継いだ伝統を頑なに守り、ビールはセビージャ産のクルスカンポの生、赤ワインはリョーハ、白はカディスのバルバディージョ、シェリー酒はサンルーカルのマンサニージャの樽出し、の4種類。しかし、何れの酒も、特にビールの冷やし方は抜群で、実に美味い。そして頑なに値を上げない。永遠と一杯1eur[約150円]を守っているのだ。これも人気の一つである。

 更に酒の肴が滅法ウマイのも評判である。ツマミはお隣の漁港ウエルバから取り寄せた新鮮な魚介類で、高価なガンバ・シガーラ・マテ貝。タコ・ナバーラ・ボケローネ等も殆ど1eur前後の値段である。

 で、何故に土曜日の午後、この店に行くかというと、もう、習慣になっている事もあるが、何も考えずにビールを飲みながら、唯、ボオッと回りの人の動きを見ているのが楽しいからだ。

家族ぐるみで賑わう週末のボデガ

 セビージャ市民は、土曜日の午後だけは、家族ぐるみでボデガにやってくる。

 立ち飲み酒場に子供やお年よりを連れてくるのだ。日本ではとても考えられない風景だ。土曜日の広場には、アイスクリーム屋だとか、揚げたてのポテトチップを売る露店、焼き栗の店、おもちゃ屋さん等が店を張るから子供たちは広場を駆けずり回っている。

 ワンちゃんもワンちゃん同士で恋愛ごっこを楽しんでいる。主人がのんびりとビールを楽しんでいるので、犬たちもせかせかせずに、戯れているのだ。

 10代と思しき若い女の子も、土曜日には、このボデガに集まる。それも思い思いの衣装や飾りを付け、仮想してやってくるのだ。王冠を頭に載せたお姫様もいれば、マクドナルドのユニフォームを着ている子もいる。皆んなビールを飲んで陽気に騒いでいる。

 ギターの演奏が始まると、セビージャナスを踊りだす。カンテ自慢の男が唸り出す。こうして、皆が、神から与えられた休養日を気楽に過ごすのである。

 「いいなぁ〜この風景…」。秋の優しい日差しが被う立ち飲み酒場の土曜日のひと時だ。

 「今日は土曜日だ。原稿も上ったし、さあ〜飲みに行くとするか…」