| 世の中に、こんな偶然があるなんて、本当に信じられない。あの広大なアンダルシアの古都セビージャのそれも小さなプールの中で、僕の隣のレーンを泳いでいた人が高校の後輩だったんだ。そればかりじゃない、なんと中学校も小学校も同じなんて、もう、信じられない。
その日も僕はいつもの日課どおり午前9時半に家を出て、クルプ・ナタシオン・セビージャ[セビージャ水泳クラブ]に向かった。海外生活はなによりも健康第一、腹も出てきたし、通風、高脂血、糖尿の三大生活病の気がある僕には水泳が欠かせない健康法なんだ。
こちらの水泳クラブの入会はいとも簡単、バスト・ショットの写真を一枚持って、オフィシーナ[事務窓口]に行き、月の会費、6100エウロー[約7000円]を支払えばOK。マシーンもサウナもバスケット・ボールも何時間でも使用できるし、小奇麗なパルもあるので、運動の後、生ビールも楽しめる。但しプールは深さが1.8メートルもあるから、泳げない人は無理だね。観光客でも一日、3エウロー払えば自由に運動できるよ。
僕は毎日1000メートル泳ぐ。クロールが500に平泳ぎが500だ。温水の温度が僕にぴったりでとても泳ぎやすい。午前中の時間帯は日本と同じ、リタイアした60才台の男性が圧倒的、そして家庭の主婦だね。ピチピチ・ギャルは夜の時間帯に多いが、太りすぎを防止するために通っている主婦達のスタイルもなかなかのもんだよ。スペインの女性は結婚すると見事に太りだし、男性を「がっかりさせる」と言われているが、最近の主婦は太りすぎに注意を払っているようだよ。もともと、バストが大きいし、お尻も大きいので、特に水着姿になると、すごくカッコイイよ。
ぼくは身長が169センチ、胸も薄いし、蟹股だし、腹も出ているし、かっこ悪いんで、スペイン女性の前に立つと、なんとなく恥ずかしい気持ちになるよ。でも、さっそうとクロールで泳ぐと「ムイ・ピエン」と微笑えんでくれるんだ。
こんな偶然があるなんて
この日は前の晩飲み過ぎたので、調子が悪かったんだ。クロールで300メートル過ぎから息が苦しくなり始めたので、ターンの時に泳ぎを止め、一呼吸入れていたんだよ。その時、隣のレーンから声が掛かった。
| 隣の人 |
「日本の方ですか」 |
| 僕 |
「はい、そうです」 |
| 隣の人 |
「僕は友繁と言います」 |
| 僕 |
「倉持です。一年ほど、ここに通っています」 |
| 隣の人 |
「僕はもう10年以上ここで泳いでいます。セピージャに住み始めて、もう20年になるかなあ〜」 |
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「そうですが、プールで日本人に会うなんて、嬉しいな」 |
| 友繁さん |
「僕はもう、上がるんで、一休みしませんか」 |
僕は二つ返事でプールサイドに上がった。そして話が続いた。
| 友繁さん |
「僕は高校時代から水泳部にいて、泳ぎが大好きなんですよ」 |
| 僕 |
「僕は東京から来たんですか、高校はどちらですか」 |
| 友繁さん |
「杉並区にある、豊多摩高校って言うんですよ。進学校だからスポーツは強くないんですが」 |
| 僕 |
「ええっ、あの井の頭線の…、浜田山の豊多摩高校!僕も豊多摩高校の出身だよ」 |
| 友繁さん |
「えっ、本当ですか」 |
ここで僕らはお互いに手をとりあい、拍手を交わし、大騒ぎ。プールサイドのスペイン人達が不思議そうな顔で見守る。
| 僕 |
「僕は杉並の松ノ木町に住んでいたんですよ」 |
| 友繁さん |
「僕は松ノ水中学校から豊多摩高校に進んだんです」 |
| 僕 |
「なに、僕も松ノ木中学だよ、小学校は堀の内小学校…」 |
| 友繁さん |
「僕も堀の内小学校の卒業ですよ」
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僕らはもう泳ぐことを忘れて、豊多摩高校の恩師の話題やら、校庭の奥まったところにあったプールの思い出やらを夢中で話し合った。こんな偶然てあるものだろらか。東京での出会いなら納得できるが、日本から遥か遠いスペインの、しかもセビージャのプールの中で小、中、高の後輩に会うなんて。
つぎつぎと浮かぶ懐かしい顔
夜、女房と共に豊多摩高校の思い出話に耽った。女房も豊多摩高校の出身で僕の一年後輩なんだ。僕が2年生、女房が1年生、の時から付き合い始め、結婚した。改めて数えてみたが、もう45年もの永い永い“お付き合い。”よくも飽きないもんだ。
そう言えば同級生の仲良し6人組はどうしているだろうか。スペインに出発する3週間前、6人組が女房同伴で僕らの歓送会を山中湖で催してくれたんだ。高校2年の修学旅行の時、金閣寺でタバコを吸っている現場を先生に見つかり、そろいもそろって、全員が1週間の停学処分。以来僕らは結束が固い。僕以外は60才の定年が過ぎてもまだ元気に働いている。「女房と一緒に必ずスペインへ行くよ。一緒に旅行しようぜ」と約束したのに、今だ、誰一人来やしない。家庭や会社の”しがらみ”から、なかなか抜け出せないのだろうな。つぎつぎと懐かしい顔が浮かんできた。
外資系のレストラン経営の主軸にいる栗原寛「スペインの食材を味わいに来いよ」
NHKの出版で頑張る太田政彦「灼熱の太陽の下でゴルフしようぜ」
浜田山の土建業、社長、竹谷紀「セビージャの旧市街の建築は丈夫だよ」
今も、車のトップセールスマン吉野登己英「スペインの国産車も悪くないぜ」
流山で美人のかみさんと暮らす有光功「セビージャで馬車に乗ろうぜ」
仲間たちに会いに「夏には一時帰国しよう」と女房と語り合った夜だった。
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