Vol.11 
スペインが韓国に負けた前夜、
セビージャは異常な緊迫感に包まれた
倉 持 隆 夫


 ブラジル市民の皆さん、おめでとう。心から祝福します。でも、本音を言うと、本来なら、ブラジルの相手は我がスペインだったんだよ。こう思っているのは僕だけじゃない、スペイン全市民の思いなんだよ。

 解ってくれるかい、スペイン市民の気持ちを。あの韓国戦の2点は幻だったと言うのかい。あの審判も線審も韓国から美味しい毒を盛られたに違いない。あの2人は生涯、スペインでは仕事が出来ないな。血の気の多い、スペイン気質を忘れちゃならないぜ。でもスペイン市民は韓国を恨んではいないよ。スペイン・チームを心から世話してくれたし、サポーターもスぺイン語で声のかぎりをつくして応援してくれたものね。あの勝利は開催国が故の神様からの贈り物なんだよ。

 ブラジル対ドイツの決勝戦は東京にいる長男の太郎と"賭け"をしたんだ。"賭け"は1万円対10万円、僕はブラジルの勝利を信じていたから、ブラジルが優勝したら太郎から1万円、ドイツが優勝したら10万円を太郎に支払うという"賭け"なんだ。

 これがスペイン対ブラジルの決勝戦だったら、1万円対20万円でも僕はスペインの優勝を信じて疑わなかったね。もし太郎に20万円を払うことになっても、スペインを決勝戦まで行かせたかったよ。そして横浜の大舞台で声が潰れるまで応援したかったよ。

シエルペス通りにも、いつものバルにも人がいない!

 スペイン対韓国戦は6月21日土曜日の朝8時30分からアンテナ・トレス・テレビで中継された。スペインの全国民がテレビの前に釘漬けになった。勿論、愛犬家の多いスペインの家庭だから、犬や猫もテレビに見入ったんだと思う。

 この朝は、日頃、聞こえてくる犬や猫の鳴声がまるでない、勿論、我が家の前は人も犬も誰も通らない。街は静まりかえっていた。勤め人は土曜日は休みだし、商店街は午前11時頃に店を開ければいいし、子供達は既に夏休みに入っているし。なにもかもがワールド・
カップをテレビ観戦するような環境になっていたんだよ。そして誰もが、スペインの勝利を信じていたんだ。100%のスぺイン市民が。

 スペインは負けた。そう、負けたんだ。今、思うと、戦いの前夜から、何かが変だった。市民も、街の様子も。

 その前夜は金曜日の夜だと言うのにセビージャの街は異常に静かだった。そして更に、緊迫した不穏な空気さえ街に漂っていた。セビージャ市民が一番好きな金曜日の夕方なのに。

 いつもなら「明日は土曜日で休みだし、今夜はのんびりしようぜ」とシエルペス通りやクーナ通りに買い物に繰り出したり、サルバドール広場やビルゲン・デ・ロス・レジョス広場には家族中が散歩に出て広場は一杯になると言うのに、この日は人が出ていないんだ。

 僕は明日の韓国戦、勝利は間違いないのでその前祝をやりに、市民の集まるバルをのぞいたがそこにも人がいないんだ。変だな。スペイン優勝を信じている、いつもの賑やかな連中が一人もいないんだよ。その理由は、21日の土曜日と22日の日曜日にセビージャで開催される欧州セビージヤ・サミットの警護ため、街中にお巡りさんが襟を正してパトロール、また人の集まる通りには白馬に跨った騎馬隊の警官が目を光らせているからなんだ。

まるで戒厳令が敷かれたような雰囲気 

 欧州セビージャ・サミットにはスペインのアスナル首相はもとより、イギリスからブレアー首相、フランスからシラク首相、ドイツからシュレッダー首相らEU加盟国15ヶ国の首脳と58人の外相がセビージャに集結、街の警護は物々しい程厳重で、まるで戒厳令が敷かれているかのような雰囲気だ。

 更に今年も頻繁にスペイン北部やマドリッドでテロ行為を引き起こしている、極左過激派組織、ETA[バスク祖国と自由]がセビージャ・サミット開催中にセビージャ周辺のリゾート地でテロを画策し、国民感情に混沌を生み出し不安感を煽る目的で実行部隊がアンダルシアに拠点を構えた。と言うニュースが報道されたから国中の警察官がセビージャで警備にあたったんだ。

 更に悪いことに、セビージャにあるパブロ・オラビデ大学内に、ここ10日間、北アフリカ系の住民が東欧系の季節労働者に仕事を奪われたことに対して、スペイン当局に抗議の引きこもり占拠を実行、一触即発の暴動にもなりかねない、と言うニュースも報道されたから市民は皆んな家のなかに引きこもってしまったんだよ。

市民は温かく選手を迎え入れた

 市民の異常な緊迫感、いつもと違うセビージャの街、こんな街の雰囲気を見て、僕はイヤな気がしたんだ。いつもの陽気なセビージャっ子なら、「明日は韓国、問題じやないよ」とセルベッサやビノをがぶ飲みして大騒ぎするのにね。はるか遠い韓国で戦うスペイン・チームはこんなセビージャの雰囲気は知る由もないが僕はひょっとしたら「負けるんじゃないか」という思いがチラッと頭を過ぎったんだよ。

 イヤな予感が的中してしまった。

 でもスペイン代表チームはバラハス空港に「良い顔」で帰ってきた。迎えた市民も拍手喝采で選手を温かく迎え入れたよ。選手には1ヶ月の休暇が与えられた。選手よ市民よ、いつものように、太陽のように明るく振舞ってくれ、僕はそう願わずにはいられなかった。