第3の故郷セビージャへ、3月初旬飛び立った。
次男二郎、恵美子夫婦との3ヶ月にわたる同居生活の心地よさ。ゴルフ仲間の深沢守男さんとおおむらさきカントリークラブで回った1年ぶりのゴルフで40、45の上出来スコアー、その時の爽快さ。
東京競馬場で仲良しの岡村祥彦さんと楽しんだ競馬、僕は9,860円の高配当を的中させたがあの時の快感さ。など等、日本の友人たちとの楽しい日々に思いを馳せながら成田を発ったのだ。
全日空NH209便フランクフルト行きの機内で、東京で見損なった『博士の愛した数式』を瞬きひとつしないで見た。寺尾聰が演じる、記憶が80分しか保てない数学博士が、忘れないために、メモ用紙を着ている洋服に貼り付ける様子に、思わず、スペイン語が中々覚えられず、スペイン語の単語を部屋中に張り巡らしたセビージャの家を思い出して笑ってしまった。
その他ハリーボッターの新作やら、僕の好きな丸山茂樹のゴルフレッスン物など6本も映画を見て、ほとんど眠らずに経由地フランクフルト空港に着いた。
このフランクフルト空港で、地獄に落ちるような異常な恐怖心を味わおうとは…。
イミグレーションでのやりとり
イベリア航空マドリッド行きに乗るためにエスカレーターを何度も上り下りし、やっと第2ターミナルのDへたどり着いた。外国へ出国するためのイミグレーションを通らなければならない。イミグレーションを通過するときは「いつも笑顔で爽やかに」を励行している。印象が良ければサァッと通過させてくれるからだ。
ところが・・・・・。
僕はマドリッド行きのチケットとパスポートを、笑み顔を作りながら「ブエノスディアス!パラ マドリー!」と言いながら差し出した。ところが、ドイツ人の監査員はナチの意地悪そうな顔つきで、ブスッとしたまま。
僕を睨み付け言った。
「スペインに住んでいるのか」
「はい、スペインと日本を行ったり、帰ったりしています」
「目的は?」
「観光です」
「日本へ帰る航空機のチケットは?」
「ハイ、マドリッドの旅行代理店で買います」
「いつ日本へ帰るのか?」
「はい12月頃を予定しています」
「それならレジデンシャル“長期滞在ビザ”を出しなさい!」
「持っていません」
続けて僕は言った。
「セビージャに家を持っています。スペインに8ヶ月、日本に4ヶ月暮らしています」
「90日以内の滞在なら問題ない。しかし、それ以上の滞在はビザが必要だ。日本で取得して来なかったのか?」
ナチの兵隊風なイヤな目つきと雰囲気を持った監査員は僕を舐めるような目で観察しだした。そして虫眼鏡を取り出し、僕のパスポートを念入りに探り出した。
僕はジワッと汗が流れ落ちるのを感じた。もう、10分以上が経過している。
ナチ風は隣のボックスにいる同僚を呼んだ。早口のドイツ語でしゃべっている。ヘビのような鋭い目が僕を威圧する。
僕は強制送還されるのを覚悟した。ドイツの監獄を想像した。アウシュビッツの死の監獄しかイメージが浮かばない。
ところが「行け!」というゴーサイン!
僕は「ムチャス・グラシアス」と言って、監視員を見た。彼はニコッともしなかった。
やっと通過できた。ホット胸を撫で下ろした事は言うまでもない。
しかし・・・・・。
イベリア航空カウンターでも…
イベリア航空のカウンターでマドリッド行きのボーディング・チケットを求めた。地上勤務の美しいスペイン人女性がにこやかに応対してくれた。
これであっさり搭乗券が手に入るものと思った。
しかし、この日はツイテナイ。
「日本への帰りの航空券は?」で始まり、イミグレーションでナチ風男に締め上げられた時の繰り返しになった。
美人の顔色が変わった。
「レジデンシャルを持ってないの。それじゃ、不法滞在になるわよ!」
「大好きなセビージャに住んで5年目です。ビスカヤ銀行には預貯金があります。このお金で生活しています」と捲くし立てた。
美人は席を立ち、隣の男性上司に相談に行った。
そして言った。
「ヨーロッパへの入国は厳格になったのです。今までの慣習は通用しません。今回は搭乗券をだしますが、3ヶ月以内に日本に帰国し、レジデンシャルの準備をしなさい。良い旅が出来ますように…」
いま、スペインでの長期滞在が難しくなっている
イミグレーションとイベリア航空カウンターの2ヶ所で足止めを食らった僕は、やっと難関の関所を潜り抜けた思いで眠気が覚めてしまった。
思えば、スペインと日本を1年に2回往復して、すでに5年になる。かつて一度だって、入国の際、こんな事態に遭遇したことはない。
僕も海外旅行の心得として、スペインに長期滞在したい人や留学したい人、スペインで働きたい人等は、日本のスペイン大使館領事部でビザを取得しなければならない事ぐらいは把握している。
しかし、僕らの生活上のアドバイザーであるイグナシオ弁護士が「犯罪暦のある人は別だが、60才まで勤勉に働き、老後をスペインで過ごしたいという品行方正な人には、スペイン国家は寛大ですよ。各種のビザを取得しなくても安心して過ごせます。但し働くことは出来ないから、スペインの銀行にある程度の預貯金をしなさい。問題ないですよ」とアドバイスされていたので、それを信じ込んでいたのだ。
しかし特にここ1、2年、セビージャに住んでいるフラメンコ留学生等から「留学ビザが切れるので、やむなく日本へ帰ります」とか、セビージャで働く日本人の仲間から「レジデンシャルの切り替え時期だけど手続きが面倒で…」等という言葉を耳にしていた。
「そうか、時代は変わってきたのだ。スペイン政府も外国人のスペイン滞在には厳しくなったのだな。ヨーロッパはスペインを始めテロや不法滞在者の犯罪が益々多くなっているから、滞在条件を厳格にせざるをえないのだろう」という思いは僕の頭のなかにもあった。つまり、危険を知らせる警報は僕の身辺で何度も鳴っていたのだ。
現地専門家の助言によると…
やっとの思いでマドリッドに到着した。
翌朝、セビージャまでのAVEの乗車券を買うために、馴染みの旅行代理店FRONTIAの根本さんを訪ねた。根本さんは旅行代理店のベテラン社員で、海外旅行の最新情報、なかでもヨーロッパの情報には詳しい。仕事柄、スペイン政府の方針や考えも把握している。彼の話を聞いて、最新の海外旅行心得に納得したのだった。
「それは大変な目にあいましたね。でも通過させてもらっただけでも幸運ですよ。ヨーロッパの玄関口フランクフルト空港はヨーロッパのなかでも極めて入国に厳しい空港です。色々な外国人が出入りしますからね。中にはテロリストもいるだろうし、犯罪者も紛れ込んでいるかもしれません。何しろ、ヨーロッパ各国への玄関口ですから、水際で阻止する事が大事なのです。
特にドイツ人はお国柄といいますか、なにしろ勤勉実直、国家の方針通り、忠実に仕事をする事が何よりも求められています。寛大に判断する事など微塵もないのです。ここ1、2年、フランクフルト空港で足止めをくらい、不法入国者の烙印を押され、日本に強制送還された旅行者は増えていますよ」
彼は更に話を続け、スペイン国家の最新事情も詳しく解説してくれた。
「倉持さん、スペインは今やヨーロッパ諸国のなかでも、イギリス・ドイツ・フランスに並ぶ先進国として君臨しています。何故ならEUに加盟して今年で20年、この間スペインは急速に発展。政治、経済、社会、文化などの面で、現在は円熟期を迎えています。かつては、ヨーロッパ3大国にコンプレックスを持っていましたが、現在のスペインは世界の多くの国々が、その発展振りを驚異と尊敬のまなざしで見るようになったのです。
2006年の年頭書簡でサバテロ首相は“スペイン経済はマクロ的に好調である。GNPはカナダを抜いた。スペインはG8大国の仲間入りを要求する資格がある”と国民の前で宣言しました。
ヨーロッパ大国の仲間入りをしたスペインは今や世界有数の移民受け入れ国になっています。人口は4,400万人、その内、移民は400万人も受け入れています。多くの外国人がスペインで働いています。それだけに、外国人の受け入れ態勢は整備しなければならないのです。入国の際の水際で厳格な処置を施さなければならない事がお解かりいただけるでしょう。日本と同じように厳しい法治国家に成長したのですよ。
倉持さん、ぜひ、長期滞在ビザ、レジデンシャルを取得することをお奨めします。安心してスペインに住めますよ」
セビージャには午後2時半に到着した。気温は20℃近かったが、曇り空。
春爛漫の季節に咲き乱れるムラサキ色のハカランダの花はまだ咲いていなかった。
セビージャ名物の雲ひとつないセルリアンブルーの空に迎えられるかと思っていたが当てがはずれ、僕の気持ちもブルーのままだった。
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