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イラクに戦争をしかけようとしているアメリカのブッシュはフセインを「独裁者」と呼びます。
この言葉が現在の意味で人口に膾炙するようになったのは20世紀に入ってからで、その流通に多大な貢献をしたのがチャップリンの『独裁者』。チャップリン演じるヒンケル総統がヒトラーであるのは言うまでもありませんが、ヒトラー本人が無類の映画好きであり、トレードマークの口ひげは、じつは当時すでに世界的な名声を欲しいままにしていたチャップリンの人気にあやかりたくて生やしたものだったということを、人はつい忘れがちです。
20世紀は映画とともに誕生したと言ってもよいくらい、映画(とその派生形のテレビ)は現代人のメンタリティーを根柢から支えています。映画の基本的な文法が整った1920年代に青春時代をすごしたロルカが心を惹かれないはずはありません。その証拠に、『月世界旅行』というシナリオを書いたのは以前ご紹介したとおり。このシナリオで重要なのは、メリエスの同名映画とちがって、月世界がまったく描かれていないという点です。月への視覚的言及はありますが、『アンダルシアの犬』の冒頭の月と同じイメージにすぎません。タイトルと内容、その関係は、あるようでない、あるとも言えるしないとも言える、そんな曖昧さのなかに宙吊りにされているのです。
この宙吊りの魅力をサイレント喜劇映画で見事に実現させたのはチャップリンではなくマルクス兄弟。『我輩はカモである』は、最高のシュルレアリスム映画であり最大の反戦映画であるという評価が根強い傑作。そしてもうひとり、とりわけヨーロッパの文人のあいだで評価が高かったのがバスター・キートンです。
キートンといえば無表情。そしてスピード。『探偵学入門』であれ『セブン・チャンス』であれ『大列車追跡』であれ、スクリーンに登場したのも束の間、キートンはどういうわけか逃げ惑わざるを得ず、一目散に駆け出しますが、大げさな身振りはせず凍りついた表情でマシンのように駆けるその姿は、「私は速度そのものです」と主張しているかのようで、誰が見ても息を呑まずにいられません。
ふつうの人なら息を呑んで終わりですが、ロルカはちがいます。憧憬と尊敬が嵩じて『バスター・キートンの散歩』という戯曲を書いてしまうのです。1987年、マドリードでリンゼイ・ケンプ舞踊団が上演しましたが、宙吊りも速度による笑いもないその舞台は失敗作でした。
ロルカにとってキートンは宙吊りの達人であると同時に、あらゆるものが猛スピードでどこかに向かって突き進んでいるアメリカそのものでした。視覚におけるその推進者が映画であれば、聴覚におけるそれはレコードとラジオ。そして音楽ではジャズです。次回はロルカとジャズに触れてみます。
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