S.D.(サルバドール・ダリ) おい、そこの死に損ない。
L.B.(ルイス・ブニュエル) 誰だ・・・なんだ、サルバドールじゃないか。相変わらず口が悪いな。ずいぶん久しぶりだけど、元気か。
S.D. 元気かって、僕たちとっくの昔に死んだじゃないか。
L.B. そうだったね。じゃあどうしてこんなところに?
S.D. ちょっと下界の様子を見ようと思ってね。ちょうどお盆だし。
L.B. お盆は日本の習慣だぜ。フィゲラス生まれの君には何の関係もないだろう。
S.D. 仏教はいいぞ。キリスト教徒がイスラム教に改宗すればキリスト教徒ではなくなる。ところがだ。仏教徒は同時にキリスト教を信じようがユダヤ教を信じようがお咎めなし。洒落てるだろう。
L.B. じゃあ君は死後の世界で仏教に目覚めたのか。
S.D. 冗談はやめてくれ。僕は何にも信じない。世の中が僕を信じるべきだ。なぜなら僕はサルバドール・ダリだからだ。
L.B. ほっとしたよ。死んで人間が丸くなったんじゃないかってちょっと心配したぜ。
S.D. で、お前はどうなんだ。やっぱり撮ってるのか、映画。
L.B. 撮ってるわけないだろう。その代わり、ペドロっていう男がなかなかいいのを撮ってる。僕好みだ。
S.D. ブニュエルのお墨付きか。人の映画は滅多に褒めない君が言うんだ、よっぽどの監督なんだな。
L.B. フェデリコが見たら喜んだと思うよ。
S.D. マドリードやニューヨークでよく映画を観てたな、あいつ。
L.B. たぶん監督したかったんだと思う。
S.D. 『アンダルシアの犬』を越えるものが撮れたと思うか。
L.B. 無理だろうね。
S.D. だいたいフェデリコのことなんか、もう誰も覚えちゃいないだろう。
L.B. そうでもないんだ。先週もマドリードのエスパニョール劇場で『ジプシー歌集』が世界で初めて舞台化された。出演者も演出家も全員ジプシーだ。
S.D. 『ジプシー歌集』ってあれか、発表当時僕がけちょんけちょんにけなした、あの詩集か。
L.B. うん。
S.D. 物好きがいるもんだ。
L.B. このあいだアントニオっていう奴がこっちに来ただろ。
S.D. アントニオ?ああ、フラメンコをやってたとかいう、あのやさ男か。あいつがどうした。
L.B. 若い頃『ジプシー歌集』の海賊版を読んでフェデリコの虜になったらしい。
S.D. 驚くにはあたらないね。フェデリコと知り合った人間はみんな虜になる。あいつのような男のことを“人たらし”って言うんだろうな。ところでルイス。
L.B. なんだい。
S.D. どうして僕たちが会話してるんだ?このページ、いつもはふつうの伝記だろ?
L.B. 僕も不思議に思っていたんだ。でもさっき久しぶりにこれを、『カンテ・ホンドの歌』を読んで、理由がわかった。
S.D. その詩集も大嫌いだ。軽蔑するね。
L.B. いいから聞けよ。中に芝居のセリフみたいな詩があるだろう。
S.D. あったな。『アマルゴの対話』と『治安警察隊中佐の場』だっけ。
L.B. 嫌いな割によく覚えてるな。アントニオ・バンデラスっていう俳優知ってるか。
S.D. 知らない。
L.B. だろうね。いま人気の俳優なんだけど、彼が1986年にマドリードで『アマルゴ』っていうふたり芝居をやった。この詩をそのまま舞台化したものだ。詩といっても脚本そのものだけどね。登場人物の名前にセリフ、ト書きまである。ふつう詩集にこんなもの載せないだろう。
S.D. ふつうはな。でもフェデリコは“ふつう”じゃないから。ふだんの生活でも、どことなく芝居がかったところがあった。
L.B. 君に言われたくはないだろうけど。それはともかく、対話 dialogo が大事だって言いたかったんじゃないのかな。
S.D. ずいぶん単純な結論だな。
L.B. でも考えてみろよ。あれだけ朗読が好きで芝居が好きな詩人なんてそうはいないぜ。
S.D. それは言える。
L.B. 詩を通じて読者と対話する、芝居を通じて観客と対話する、言葉を通じて世界と対話する。それがフェデリコの求めていたことじゃないのかな。
S.D. ふーん。何だか知らないが、これだけ噂すればそろそろ出て来たってよさそうだけどな。
L.B. 今日は命日だしな。
S.D. そうか。忘れてたよ。それで僕たちが登場したってわけか。
L.B. 君も今年で百歳だね。下界の連中、いろいろイベントをやっているみたいじゃないか。
S.D. 滑稽だね。愚かで弱い人間どもは神を必要とするのさ。サルバドール・ダリという神を。僕は彼らに僕を信じさせてやっている。それが僕の慈悲だ。
L.B. フェデリコと再会しても君たちは仲違いしたままだろうな。
S.D. もし再会したら。
L.B. したら?。
S.D. どうなるだろう。
L.B. 映画にしてみようか。架空の話として。
S.D. いいね。『アンダルシアの犬』の続編だな。
L.B. じゃあさっそく脚本にとりかかろう。
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