Vol.6     ロルカと映画シナリオ             古屋雄一郎

 あまり知られていないと思いますが、ロルカは映画のシナリオを一篇手がけています。執筆したのはニューヨーク滞在中の1930年、タイトルは『月世界旅行』

 映画好きの人はフランスのジョルジュ・メリエスの『月世界旅行』(1902)を思い出すでしょう。メリエスは数々の特撮やを発明をして〈魔術師〉と呼ばれた監督です。

 原作はジュール・ベルヌの冒険科学小説で、人間が乗り込んだロケットが大砲で発射され、人の顔をした月面に突き刺さる場面をご覧になったことがある人は多いのではないでしょうか。月に顔があったり、月面に原住民がいたりして、まさに荒唐無稽で幻想的な作品ですが、メリエスの功績は、特撮だけではなく、それをいかにもリアルに見せるために物語を導入したことにあり、現在のSFX映画の創始者といえる存在です。

 チャップリンはメリエスを「光の錬金術師」と称え、映画の父グリフィスは「映画のすべてはメリエスのおかげである」と語っていますから、その歴史的重要性は推して知るべしです。

 ところが、ロルカのシナリオでは月世界は描かれていません。それどころか、物語らしい物語がないのです。全体は71のシーンで構成されています。出だしの部分を読んでみましょう。

1

 灰色の壁に白いベッド。シーツの上に数字の13と22のダンスが現れる。それから数字が次々と現れ、小さな蟻のようにベッドを覆いつくす。

2

 見えざる手がシーツをつかむ。

3

 白と黒のアーガイル柄の大げさな靴下をはいた巨大な足が全力疾走する。

4

 ぎょっとして一点を見つめる顔が、水を背景にした針金の顔にオーバーラップする。

5

 女性の陰部に「助けて 助けて 助けて」という文字が二重露出で重なり、上下に動く。

 ダンスする数字。見えざる手。疾走する足。針金の顔。まったく支離滅裂なイメージの羅列。ここで思い出さずにいられないのは、ダリとブニュエルの『アンダルシアの犬』です。『アンダルシアの犬』は、ダリとブニュエルが見た夢の断片を映像化してアトランダムに繋ぎ合わせた作品です。もっとも印象的なのは、冒頭でブニュエルが夜空を見上げると、月を薄い雲がすーっと横切り、その動きをなぞるように、ブニュエルが女の目を剃刀で切るシーンです。『月への旅』にも似たようなシーンがあります。

18

 絹でできた蛆虫から死んだ人の頭が現れ、頭からは月が照る空が現れる。

19

 月が切られると、嘔吐して目をパチクリする顔の絵が現れる。

 そしてラストシーンにも月が姿を現します。

71

 月と、風に吹かれる木々。

 ロルカの詩や戯曲において、月は死の象徴であることは有名です。ですが、このシナリオでは、死の象徴であると同時に、愛の不可能性をも象徴しています。このテーマは、キューバ滞在中に執筆した戯曲『観客』でより深く掘り下げられています。

 しかしながら、なにより重要なのは、この映画の月はメリエスの月ではなく、『アンダルシアの犬』の月に酷似しているということです。

 アンダルシア人の野暮ったさをからかった『アンダルシアの犬』を、ロルカが観たという証拠はありませんが、おそらく友人のエウヘニオ・モンテスの批評を読んで映画の内容を知ったであろうロルカが、自分にとって屈辱的な作品である『アンダルシアの犬』の細部と響きあうシナリオを書いたことに、彼のダリとブニュエルに対するアンビバレンツな思いを読み取ることができると思います。