前回の最後に触れた松井須磨子。ロルカやマルガリータ・シルグと同時代の日本の女優がどんな人だったのか、ちょっとみてみましょう。
その前にぜひ知っておいていただきたいことがあります。
日本は永らく女優がお上公認の劇場から追放されていました。今から400年近く前、1629年に女歌舞伎が禁止されます。歌舞伎の創始者は出雲の阿国という女性。1603年に京都の四条河原で〈かぶきおどり〉を披露したのが歌舞伎の最初ということになっています。去年はちょうど四百周年。木の実ナナさんにもミュージカル『阿国』という舞台がありますから、このあたりの話はご存知の方も少なくないと思います。
面白いことに、阿国は男装していました。女の阿国が男に扮して、茶屋で男といちゃいちゃするという、倒錯的なおどりです。これが評判になり、女だけの〈女歌舞伎〉や〈遊女かぶき〉、若くてかっこいい少年ばかりの〈若衆歌舞伎〉などが生まれました。
もう察しがつくでしょうが、かなりキワドい見世物です。実際、陰では売春が盛んでした。けしからん、公序良俗に反するというので、1629年に女歌舞伎は禁止され、どの役も成年の男が演じることになりました。いまの歌舞伎の原点です。創始者が女性だったことを思えば、なんとも皮肉なことです。
女優が「公認」になったのは明治も20年以上経ってからのことで、1890年8月に警視庁がようやく「男女混合演劇は不問に付す」という公布を出します。翌年の1891年11月、初の公認女優、マダム貞奴がデビューします。
マダム貞奴。名前は聞いたことがあるでしょう。「オッペケペー」で有名な川上音二郎とアメリカで公演、1900年のパリ万国博覧会で喝采を浴びました。ジイドやロダン、ルナールなど、当時の知識人が絶賛し、あのピカソが「舞踊家・貞奴」というパステル画を描いたほどですから、どれほど衝撃的だったかわかります。
マダム貞奴が〈日本初の女優〉だとすれば、松井須磨子は〈日本初の新劇女優〉です。新劇というからには新しい劇で、では古い劇は何かというと、歌舞伎です。封建的なテーマが多い歌舞伎では文明開化できない、だから西欧の自然主義やリアリズム演劇に学ぼうとして生まれた劇です。
わたしたちがふだん見ているテレビドラマ。あの演技の源です。わたしたちと等身大の人物が登場し、いかにも現代人らしくふるまう。松嶋奈々子や柴崎コウのご先祖にあたるのが松井須磨子です。
女性の髪留めにカチューシャがありますね。あれは須磨子がトルストイ作『復活』で主人公のカチューシャを演じた時につけていたのが女性のあいだで大評判になり、〈カチューシャ〉と呼ばれて今に至ります。最近何かと話題の『サロメ』ですが、彼女も『サロメ』を演じています。
『復活』の台本を書いたのは島村抱月。須磨子とは不倫関係でした。抱月はスペイン風邪に倒れ、須磨子は後を追って自害します。スペイン風邪がどれほどすさまじいものだったかは、「フルヤな部屋
Vol.10 スペインと病気」をご覧ください。
若くして海外公演を果たしたという点でマルガリータ・シルグに似ているのはマダム貞奴ですが、現代の女性の身体表現の基礎をつくったのは須磨子でした。
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