Vol.5     ドゥエンデについて             古屋雄一郎

 ロルカの生涯を調べると必ず突き当たるのがドゥエンデという言葉です。フラメンコを習っている人でドゥエンデという言葉を聞いたことがない人はいないでしょう。

 ドゥエンデとは、もともと、dueño de casaというフレーズが省略されたものです。直訳すれば〈家の主〉ですが、スペイン王立言語アカデミーの辞書によれば、「民家に住み、家中を荒らしたり大音響をとどろかせたりすると言われている想像上の精霊。昔話では老人や子供の姿で現れる」とあります。

 これは言うまでもなく座敷童です。岩手県を中心とした東北地方で信じられている家の精霊。スペインにも座敷童がいるのです。17世紀のスペインの劇作家カルデロン・デ・ラ・バルカに、主人公の女性がお化けに扮してもたらす珍騒動を描いた『淑女ドゥエンデ』という喜劇があります(平凡社ライブラリーで翻訳が出ています)。

 ドゥエンデにはもうひとつ重要な意味があります。もっぱらスペイン南部アンダルシーア地方で用いられる用法なのですが、そこでは、ドゥエンデといえば「神秘的でいわく言いがたい魅力」を指します。かなり曖昧な定義ですね。ここでいう魅力とは、芸能の魅力のことです。厳密に言えば、歌や踊りの魔力を指しています。

 1933年10月20日。訪問先のブエノス・アイレスでロルカは「ドゥエンデのからくりと理論」と題する講演を行いました。この講演が重要なのは、まず、ドゥエンデについて深く考えた初めての思索であること、そして、ドゥエンデを狭義ではなく広義で定義している点にあります。

 上で触れたようにドゥエンデは芸能の魅力を指してもっぱら用いられます。果たしてロルカはこう述べています。

 「あらゆる芸術にドゥエンデは宿ることが可能ですが、もっとも広く宿るのは、当然のことですが、音楽であり、舞踊であり、朗誦される詩です、なぜならこれらは演奏したり演じたりする生きた肉体を必要とするからであり、未来永劫にわたって生と死を繰り返す形式であり、今という正確な瞬間のうえにその輪郭を浮かび上がらせるからなのです」

 あらゆる芸術にドゥエンデは宿る、というフレーズに注意して下さい。ロルカによればドゥエンデはフラメンコのみならず、ゲーテやニーチェの思考やセザンヌの絵にも宿っているのです。芸術を芸術たらしめる根源的な力がドゥエンデだと言うのです。芸術の源として太古の昔からミューズ(詩神)の存在が人口に膾炙してきましたが、ロルカはドゥエンデとミューズを峻別して、後者は知性を呼び覚ますが知性とは往々にして詩の天敵であるのに対し、ドゥエンデは〈血の教養〉によってもたらされると定義しています。

 血というものは個人のものでありながら祖先から受け継がれるものであり、換言すれば自己の内部にあると同時に外部にあるものです。ロルカが「詩」と言うとき、それは個々の韻文作品を指しているのではなく、あらゆる詩的なものを支えている原理としての〈大文字の詩=ポエジー〉について語っているのです。