VOL.8 おじいちゃんの声
公家千彰

 先日、天気の良い土曜の夕方のことだった。私が自宅前の道で信号待ちをしている時に、誰かの視線を感じた。

 ふと下を見ると、花壇に腰を下ろしているおじいちゃんが私を見ていた。

「あ、あ、」と何か言いたい様子なので、顔をのぞき込み、
「なあに?どうしたの?」と尋ねた。

 おじいちゃんは、「あのー、あのー、悪いんだけどタバコ買ってきてくれ」と言った。

 私は初め、『え?酔っ払ってんのかな?』と訝しく思ったが、良く見ると、大きな紙袋と杖が脇においてあってので『歩き疲れたのかも。。』と考え直した。

 私が大きくうなずいたら、嬉しそうに「セブンスター買ってきてくれ。ああ、あとライターも」と震える手でポケットから500円玉を取り出した。

 私はまるで自分のおじいちゃんに用事を頼まれたようなちょっといい気分で、足取り軽やかにタバコ屋へ向かった。店でセブンスターとライターを購入、『まさに日本のオヤジタバコだなー、店の人、私がこれを吸うと思ったかな。そういえばスペインは“ドゥカドス”がオヤジタバコだったよなあ。。』などと余計なことをいろいろ考えながら、おじいちゃんの待つ道角へ戻った。

「はい、これ!」とおじいちゃんに一式まとめて渡した。

 おじいちゃんは「ありがとね!」と両手で受け取った。

 その時の私は、ごく自然な日常的な気持ちに、少々ボケッとした春うららな気分も混ざっていたので、よかったなー、と安心してヘラヘラとその場を立ち去ろうとしていた。

 すると突然おじいちゃんが大きな声で、「おいー!」と叫んだ。

「なあに?どうしたの?」と再び尋ねると、
「あのねえ、一生忘れないから」と言い、深い色の目をして会釈をしてくれた。

 私は思いもかけないそんな言葉を聞いて、目頭が熱くなった。自分が今日この道を通って、このおじいちゃんのお使いをして良かったと思った。

 わーい、よかったなー!!とはしゃぎたいのを押えて、 「いいえ、どういたしまして!それではお気を付けてね」と微笑んだ。

 信号の下でひとりでタバコを吸ってからまた歩いてゆくのかな、と想像した。私も、少しここでおじいちゃんと世間話でもしていきたかったけど、お互いにそっとすれ違う関係にとどめておいたほうがいいと判断した。

 「じゃあね」と言うと、「おい、これ持ってけ」と紙袋の中から大きなクッキーの包み箱を出した。そんなに喜んでくれたのかと感激したのだが、次の瞬間「このクッキーに毒が入っていたら…」という邪悪な疑心がちらついた。一瞬おじいちゃんを悪者にしてしまった自分が情けなかった。

 でも、それは事実で、世の中の物騒な事件を意識していることの表れだった。いつも、そのような疑心が沸き起こった時それをどのように処理するか、自分の心の中で小さな葛藤が行われる。

「駄目だよ、おうちに持って帰らなきゃ。」と私が言うと
「いいから、持っていきなさい。」ときっぱり、しゃっきりのおじいちゃん!

 最後のひとことには、おじいちゃんが孫におこづかいをどうしてもやりたいみたいな迫力と説得力を感じた。

 そのときのおじいちゃんの目の優しさと強さを見て、私の邪悪な疑心はすっかり消えた。 私は頭を下げてお礼をしてクッキーを受け取った。そして「またね!」と手を振った。

「親切は良いことなんだよ。」とおじいちゃんが下を向いて小さな声で言った。私の顔を見て言ったのではなかったけれど、私に大切なことをしっかりと教えてくれた。私はクッキーの包みを大切に持って家に帰った。

 毎日、朝から晩までちょっとした選択事や大きな判断事項があって、「今ここで何をするか」と考える瞬間がたくさんある。

 どうするのかを決めるのは最終的には自分だ。例えば今回も「知らない人からお菓子を貰ってはいけません」という、小さい頃から言われてきたことをきちんと考慮しつつ、最後は自分の目と心で決断を下したのだ。自分の行動にはすべて責任をもちたいところである。

 それから、判断するときは、その場の環境にも多少左右されたりなんかする。おじいちゃんと目が合った状況が、もしも平日の夜の薄暗い通り道だったら、私はきっと良く見ないで通り過ぎただろう。

 どんな些細なことでも、しっかりと見つめることで小さな幸せを感じるチャンスがあるのだ。もちろんそこには失敗も付き物で、「良かれ」と思って一生懸命がんばったことが「大きなお世話」になっちゃったり、はたまた、「小さな親切」が「悪事に利用」されてしまう事件もある。

 けれども、失敗を恐れていたらつかめない幸せがあるから、悪い事件にだけは気を付けて、選択事項には積極的な判断をしていきたいと思う。

 あのおじいちゃんに会って、「心に太陽を」という前向きな言葉を胸に刻み込んだ。

「親切って良いこと」なんだ、「愛」は地球を、いや宇宙までもを救うさ!!と大きな気持ちになった。ちょっと疲れた平日の夜も、心に明るい光が灯されていたら何かいいことを発見するかも!

 そういえば、あの後しばらくして少し気になり、おじいちゃんの様子を見に行ったら、セブンスターを一本耳の上に挟んで、「よいしょ」と立って歩いていった。

「ふー、よかったー。。」

 今度おじいちゃんに会ったら、ちょっと世間話をしてみたいな。


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Chiaki Kuge
 01年秋にスペイン留学に帰国し、02年から再び大塚千津子先生の教室に通い始めた。フラメンコと東京での生活。毎日を大切にしていきたい。