| 桜のシーズンが早まり、4月には緑の木々がまるで初夏を思わせるように並んでいる。
セビリアでは、2月の終わり頃、ピンク色の桜の木を見たことがあった。住宅地の駐車場にたった一本だけで、近くに住む人は花の名前さえ知らなかった。でも、その時の私は満開の桜に囲まれるより、贅沢な気分だった。
セビリアの春といえば、オレンジの白い花が街中に咲き乱れ、甘い香りがした。もしも、
東京で偶然オレンジの木の白い花と出会ったら、ドーッとアドレナリンが出て、胸がキュンとする感覚になるだろう。
お花見の賑わいが終わった頃、上野で開催されているプラド展へ出かけた。マドリッドのプラド美術館には、大学生のとき、一回入っただけで、あまりよく知らないが、スペインの絵が見たかった。
スペインの偉大な画家たちの作品の前に立ち、視覚は色や形を追っているが、全体からは強いエネルギーや様々な想いを感じた。どんな時代でも、地球上の人間って、個々が何かすごいものを持っていて、具体的に表現されたものがこうやって、世界中の人が共有できるのはすごいことだ。よくわからなくても、みんなを釘付けにしてしまうものがある。
これは本当のことだから改めて書くと気恥ずかしいが、感覚っておもしろい。展示作品の中に、ムリージョの「羊飼い」という絵があった。この絵のポストカードをセビリアの本屋さんで見かけて、お守りにして持っていたので、本物と出会えて嬉しかった。
幼子のキリストが棒を持って羊と一緒にいる。かわいらしい幼子の顔は、優しく勇ましい。ムリージョのほかの作品は、セビリアの美術館やカテドラルでたくさん見ているのに、画家のことや作品背景などの知識を持たずに過ごしたことは、今となって実にもったいなかったと思う。視覚と感覚だけでも、楽しめるが少し下調べをしてから鑑賞したら、感動も大きくなるだろう。
今回は、私のお守りのカードと同じ絵だったことで、この作品の存在が私の中で、さらに大きくなった。それだけでも有難いことだ。
本など読んで、次回は深い感じ方で接してみたい。春の花も絵も、ひとつひとつの価値は計り知れないのだ。世の中は宝物でいっぱいだな。
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