見てきたようなウソをつき por 微笑問題
ars gratis ars
   古屋雄一郎

Vol.89
出雲阿国


A :

スペインの華やかで奥深い舞台芸術といえば、やっぱりフラメンコだね。サルスエラっていう歌劇(オペレッタ)もあるけど、ストーリーは市民の日常生活を軽いタッチで描くものが多い。その点、日本だと歌舞伎がナンバーワンだろうね。歌あり踊りあり、しかもストーリーは重厚なドラマからコメディーまであるし、何と言っても色彩が派手で、見た目にも華やかだし。

B : しかし、歌舞伎も考えてみると謎が多いんだよな。
A : 謎って?
B : 衣裳とか化粧がすごく派手だろ?
A : そうだけど。
B : 日本の古い美意識とは全然違うんだよな。
A :

考えたこともなかったけど。でも、言われてみれば、能とか狂言に較べると派手だよね。

B :

あと、花道。

A :

ああ、客席のあいだを通ってる通路っていうか廊下だね。あれも独特だよね。

B :

ケバケバしい化粧とか花道とか、なぜか突然誕生したんだ。何でだろうっていろいろ調べてみると、出雲阿国(いずものおくに)に行きつくんだな。

A :

歌舞伎を始めた人だよね、確か。木の実ナナさんが『阿国』っていうミュージカルをやってるね。

B : 1603年に京都の四条河原で念仏踊りを披露して人気を博した。それを基に阿国歌舞伎を始めたんだな。出雲阿国は女なんだけど、男の恰好で踊った。そこに倒錯的な魅力があったんだな、大評判になった。
A : 宝塚みたいだね。
B :

阿国が考えたキャッチフレーズは「清く正しく美しく」だった。

A :

絶対ウソだろ!本物の宝塚の標語だよ、それは!

B : 最初は外で踊ってたのが劇場で演じられるようになるんだけど、問題は派手な化粧と花道だな。化粧については、当時の不良みたいな連中が、南蛮人の真似をして、カッコつけて町を歩いていたんだ。カブキはもともと「傾(かぶ)く」から来てる。世の中を斜に構えて見る、今ならパンクみたいな連中だ。かぶき者≠ニ呼ばれていた。
A :

南蛮人ってスペイン人とかポルトガル人のことだね。じゃあ花道は?

B : これが、実はスペインの宗教劇に由来するんじゃないかっていう説があるんだ。
A : なんだか唐突な話だけど。
B : 当時はスペイン人宣教師が各地で布教をしていた時代。スペイン語もラテン語もわからない日本人にどうやって聖書のストーリーを説明するか。そこで芝居を利用した。
A : なるほど。演じて見せるわけか。目で見た方がわかりやすいしね。
B : イエズス会の学校では演劇をやっていた。宗教劇だな。そんな宗教劇の一つが、今もエルチェという町でやっている「エルチェの神秘劇」。これは聖母マリアの昇天を二日に渡って上演する劇なんだけど、教会の中でやるんだ。祭壇の前に舞台を作って、信者、つまり観客は席に座って劇を観る。俳優は入口から客席のあいだの通路を通って舞台に出入りするんだ。
A : それって、まさに歌舞伎の花道だね。
B : そっくりなんだよ。まあ、こういうスペイン人宣教師の宗教劇が花道の由来かどうかは確証がないんだけど、もしかしたら阿国はどこかで宗教劇を観て、それを歌舞伎に取り入れたのかもしれない。そう考えると、いろいろつじつまが合うんだな。
A : おもしろいね。
B : 作家の丸谷才一さんが『男もの女もの』というエッセイ集でこの説を強く唱えてるんだ。
A : へえ。
B : だから俺は思うんだよ、日本舞踊の起源はフラメンコだって。
A : 結論がメチャクチャだよ!