見てきたようなウソをつき por 微笑問題
ars gratis ars
   古屋雄一郎
Vol.58
中南米起源のカンテ

A : フラメンコには中南米起源のカンテも結構あるよね。グアヒーラとかミロンガとか。
B : ビダリータとかな。
A :

そうそう。

B : あと、コロンビアーナにルンバ、タンゴ、ジルバ、ワルツ、チャチャチャ…。
A : ちょっと待て!ジルバから先は社交ダンスだろ!
B : グアヒーラはどこの歌だっけ?
A :

キューバ。キューバでは白人農民のことをグアヒーロ guajiro と呼ぶんだ。スペイン人植民者の子孫だね。キューバにはもともとシボネイ族やタイノ族とかの先住民が三十万人くらいいたんだけど、コロンブスが到着してから過酷な労働を強いられ、疫病にもやられて、わずか百年で絶滅してしまった。スペイン人は新たな労働力が必要になった。

B : オー人事、オー人事に電話したんだね。
A : 当時あるわけないだろ、そんなサービス!アフリカから黒人奴隷を連れてきたんだよ。土地所有者のスペイン人は黒人を使役した。でもみんながみんな裕福な土地所有者というわけではなくて、白人の貧しい農民もいた。そんな彼らが歌ったのがグアヒーラだね。
B : キューバっていうと砂糖の産地として有名だな。
A :

そう。中南米で初めて鉄道が敷かれたのがキューバで、19世紀半ばには世界最大の砂糖生産国になった。サトウキビの苗はコロンブスがカナリア諸島から持ち込んだんだ。キューバとカナリア諸島は古くから縁が深いんだね。バスのことを標準語のスペイン語ではアウトブスって言うけど、キューバとカナリア諸島では グアグア guagua って言うんだ。

B :

なんか、喉を締め付けられたガチョウの断末魔の声みたいだな。で、フラメンコの歌手がグアヒーラを歌うようになったのはいつなんだよ?

A :

だいたい19世紀の末だね。スペインでは1960年代頃からカフェ・カンタンテが流行したた。これはVol.50で話したよね。世紀末から1910年代までが黄金世紀。「皇帝」と呼ばれたアントニオ・チャコンやペペ・マルチェーナがグアヒーラを歌った。ギタリストではラモン・モントーヤが有名。神様みたいな存在だった。

B : 「エンタの神様」には出てないぞ。
A :

当たり前だろ!アントニオ・チャコンは「ドン・アントニオ」、ラモン・モントーヤは「ドン・ラモン」と呼ばれていた。ドン Don はもともと貴族の名前につける敬称。今そんな人いないだろ?パコ・デ・ルシアがどんなに凄いギタリストでも、ドン・パコとは呼ばないし。

B : それだけ偉大だったってことか。じゃあ、ドン・タコスも凄いんだな…。
A : ただのスナック菓子だ!
B :

ミロンガってのはアルゼンチンの民謡だっけ?

A :

大平原パンパのガウチョ(牧童)の歌だね。ビダリータもアルゼンチンの民謡で、フラメンコに取り入れられて流行ったのは1910年代。コロンビアーナは1930年にペペ・マルチェーナが創始したんだ。

B : コロンビアーナっていうくらいだからコロンビアの民謡なんだろうな。
A :

と言われてるけど、実際は違うらしいよ。ペペ・マルチェーナがルンバを基に南国情緒たっぷりの歌を作ったんだ。

B : それって偽造じゃねえか。
A : 偽造って言うな!
B : 関係者は全員並んで頭を下げろ!
A : 謝罪会見かよ!いいだろ、不祥事でもなんでもないんだから!中南米起源のカンテは通称カンテ・デ・イダ・イ・ブエルタ cante de ida y vuelta 。直訳すれば「往復の歌」「往還の歌」。スペインと中南米を行ったり来たりした歌ってことだね。
B : 往復だと安いもんな。
A : 格安航空券じゃねえよ!