見てきたようなウソをつき por 微笑問題
ars gratis ars
   古屋雄一郎
Vol.43
ハポンさん

A : スペインには「ハポン=日本」っていう名字の人がいるって話、これは有名だね。
B : 支倉常長一行の末裔だっていう噂だろ。たしかセビーリャの近くに住んでるんだよな。
A : コリア・デル・リオだね。グアダルキビル川に面した小さな町で、1997年の調査で602人の「ハポンさん」がいることが分かってる。
B : で、本当に末裔なのかよ?
A :

それが微妙でね。このテーマは太田尚樹さんの著書『ヨーロッパに消えたサムライたち』(ちくま文庫)に詳しいんだけど、彼らが果たして支倉常長一行の血を引いているのかどうかについては、決定的な証拠がないんだ。

B : そうか。見つかったら教えてくれ。それまで昼寝するから。
A : なんだよ、それ!
B : ZZZ…。
A : 本当に寝るなよ!簡単に当時の歴史を振り返っておくと、支倉常長は伊達政宗の臣下で、政宗はスペインと通商貿易を開きたかった。1610年ごろの話だ。当時はスペインやポルトガルの大航海時代に陰りがみえて、オランダやイギリスが新興勢力だった。徳川幕府も長崎限定でオランダとの貿易を維持しながら鎖国政策をとっていたんだ。要するにスペインは落ち目だった。
B : なのに敢えてスペインにこだわったのには、それなりの理由があるんだろうな。
A : 政宗なりに思うところがあったんだろうね。
B : 本物のカルメンに水戸黄門の印籠でもプレゼントしたかったのかな。
A : 時代がメチャクチャだよ!メリメの小説『カルメン』が書かれたのは19世紀だし、水戸黄門が生まれたのは支倉常長が死んだ後だ!
B :

些細な問題だぜ、137億年に及ぶ宇宙の歴史から見れば。

A : 宇宙なんか持ち出したら人間の歴史なんて無いも同然だろ!
B : お前も少しはでっかく生きろよ。
A : 余計なお世話だよ!話を続けると、政宗は幕府に対して威信を示したかったらしい。幕府がオランダなら、こっちはスペインでいくぞと。スペインはスペインでキリスト教を布教するチャンスになる。キリスト教は後に幕府によって禁止されるけど、政宗は自分の仙台藩内では構わないと言っていた。で、支倉常長の使節団をスペインとローマに送った。メキシコ経由でスペインに渡った一行は、グアダルキビル川の河口の町サンルーカル・デ・バラメダという町に上陸して、さらに川を遡り、税関があったコリア・デル・リオに降り立った。
B : で、そこに住みついたわけか。
A : いや、そこからセビーリャ、マドリード、そしてローマへと向かったんだ。でも旅の成果ははかばかしくなかった。ローマ法王はポルトガルの出方を気にしていたし、スペインは「家康が国を治めているのに、仙台藩と単独で国交樹立や貿易協定を結ぶのはいかがなものか」という立場だった。結局、常長一行の目的は達成できなかった。
B :

そこで常長が詠んだ句が、「夏草やアミーゴどもが夢の跡」。

A : 詠んでねえよ!で、まあいろいろあった挙げ句、一行はコリア・デル・リオに戻って、そのうち何人かが町にとどまった。その末裔が現在のハポンさんらしい。
B : 「らしい」って、歯切れが悪いな。
A : だから決定的な証拠はないって最初に言っただろ?ただはっきりしてるのは、一行が来る前は「ハポン」という名字のスペイン人はいなかったってこと。
B : それだけじゃ、何とも言えないぜ。
A : 確かにね。でもコリア・デル・リオには水田が広がっているんだ。
B : 水田だったら他の地方にもあるんじゃないの?
A : うん。でもここは他と違って、細いあぜ道でこまかく仕切られてるんだって。日本の水田みたいに。
B : なるほど。状況証拠がそろってきたな。
A : しかも、興味深いことに、ハポンさんの子どもには蒙古斑が出ることが多いんだって。他のスペイン人には絶対出ないのに。
B : え?マジかよ?
A : そうなんだよ。こうなると、やっぱり先祖は支倉常長一行だっていう話を信用したくなるよね。
B : ここだけの話だけど…。
A : なんだよ?
B : …俺も出たんだよ、蒙古斑。てことは、もしかして、俺は支倉常長の…。
A : もともと日本人だろ、お前は!