見てきたようなウソをつき por 微笑問題
ars gratis ars
   古屋雄一郎
Vol.40
モビーダ・マドリレーニャ

A : 今回のテーマはモビーダ・マドリレーニャ。といっても、知らない人が多いと思うから説明すると、これは1980年代前半にマドリードを席巻したサブカルチャーのムーヴメントなんだ。短く略して“モビーダ” movida っていうことが多いけどね。
B : お前、偉そうに説明してるけど、見たことあるのかよ?
A : いや、ないけど…。
B : それじゃウソじゃん。
A :

いいんだよ、「見てきたようなウソをつき」なんだから!

B : ウソは泥棒の始まりだよ?
A : いきなりこのコラム全否定かよ!さっさと説明を続けると、音楽やファッション、美術、コミックなんかの世界でキッチュなポップ・カルチャーが大ブームになったんだ。音楽ではナチョ・ポップやラディオ・フトゥーラ、メカーノ、エル・ウルティモ・デ・ラ・フィラ、それにアラスカとか。
B : アラスカの人気は凄かったらしいな。
A : “女性版ボーイ・ジョージ”みたいな存在でね。ゲイのアイドルだった。
B : 本場のアラスカでは「この面汚し!」って言われてたらしいね。
A : 言われてねえよ!“アラスカ”は芸名で本名はオルビード・ガラだし、生まれたのはメキシコだ。モビーダの音楽文化の拠点だったのが、マラサーニャ地区のバール「ラ・ビア・ラクテア(銀河)」と「エル・ペンタ」。今でいうクラブだね。最先端の音楽の発信地だったんだ。
B : 日本でいえば「ピテカントロプス」みたいなものかな。
A : 原宿にあった伝説的なクラブだね。オープンしたのが1982年だから時期はだいたい同じだけど。
B :

ファッション界ではジョン・カビラだっけ?

A : シビラだ!今も活躍してるね。モビーダの雰囲気を知るにはアルモドバルの映画がもってこいだよ。『セクシリア』ではアルモドバル自身がケバい化粧をして「アルモドバル&マクナマラ」っていうバンドのボーカルとして歌うシーンがある。もう一本、『ペピ、ルシ、ボンとその他大勢の女たち』がお勧めなんだけど…。
B : 日本語版はないだろ?
A : そうなんだよね。あと、街角にスプレーとかマジックで落書を描くグラフィティもブームになってね。有名なのが “El Muelle” っていうサイン。八十年代のマドリードでは至る所にこのサインがあった。
B : 実際に描いてたのは売れる前の蛭子能収だったらしいけどね。
A : それこそウソだろうが!
B :

それにしても、どうしてあの時期にマドリードで、なんだろうな。

A : その辺は俺にはよくわからないけど…。
B : これは俺の勝手な想像だけど、フランコ時代は恋人たちが街角で抱き合ってキスしたりするのが御法度だったくらい、若者にとっては暗い時代だった。それが1975年にフランコ独裁政権が倒れてスペインが民主化し始めて、70年代末から80年代初頭にかけては「これから新しい時代が始まる」という気運が高まってきた。社会労働党政権には三十代の閣僚が結構いたし、スペインは社会のさまざまなレベルで“若さ”を謳歌していた。そこにイギリスやアメリカのポップ・カルチャーがどっと流れ込んできて、若者たちのくすぶっていたエネルギーに火をつけた。首都のマドリードにはファッション的にとんがった連中がウヨウヨいた、つまりそういうことじゃないかな?
A : お前、完璧に理解してるじゃねえかよ!