見てきたようなウソをつき por 微笑問題
ars gratis ars
   古屋雄一郎
Vol.30
ジャック白井

A : スペイン内戦に参戦した日本人ということで名前は時々聞くけど、どんな人だったのか、調べてもよくわからないんだよね。生まれたのは 1900 年頃の函館で、孤児院育ちだったらしい。
B : 孤児院の名前は「ちびっこハウス」で、夜はプロレスラーとして活躍してたんだよな。
A : それはマンガのタイガー・マスクだろ!とにかく青少年時代のことは全く不明なんだけど、 1929 年に外国航路のコックとしてニューヨークに渡った。
B : 船の舳先で腕を広げて「オレは世界のキングだ!」って叫んだらしい。
A : 『タイタニック』じゃねえんだよ!で、アメリカに不法入国してニューヨークで日本レストランのコックとして働くうちに、共産党の労働運動・反戦運動に加わり始める。「日本人労働者クラブ」という組織の一員になったんだ。
B : クラブ活動に熱心だったんだね。
A :

クラブったって学校のクラブ活動とは全然ちがうよ!

B : で、 1936 年にスペイン内戦が勃発する。
A : そう。ジャック白井は 36 年の 9 月にアメリカ共産党の義勇兵に志願して 12 月にニューヨークを出港、パリを経由してスペインに入った。
B : 戦いぶりはどうだったんだろうな。
A : 活躍したらしいよ。ただし最初は炊事兵としてだけどね。アメリカの第 15 国際旅団リンカーン大隊の兵站部付兵足兼大隊付炊事兵。
B : 嵐の二宮和也がうまく演じてたよな。
A : それはクリント・イーストウッド監督の『硫黄島からの手紙』だろ!太平洋戦争とはまったく関係ないよ!
B : でも、せっかく戦場に来たのに炊事兵じゃ、物足りないんじゃないの?
A : 確かにね。本人も不満だったらしい。
B :

「オレは料理の鉄人だ。鉄人は前線で勝負するんだ」って息巻いたらしい。

A : 絶対言ってねえよ!
B : 道場六三郎も応援にかけつけた。
A : 下らないよ!ジャック白井の願いは受け入れられて、その後は「銃を持ったコック」として前線で活躍するようになる。
B : タマネギのみじん切りなんか機関銃で作ったらしいね。
A : なわけねえだろ!初陣は 37 年のハラマ川の戦いだった。その後、マドリード防衛の要だったブルネテ戦線に従軍中に頸部を撃たれて即死した。 37 年 7 月 11 日だった。
B :

ちょうど 70 年前だな。

A : そうだね。
B : しかし「ジャックと豆の木」にこんな裏話があったとはな。
A : ねえよ!