見てきたようなウソをつき por 微笑問題
ars gratis ars
   古屋雄一郎
Vol.26
大野一雄

A : 大野一雄さんって知ってる?
B : ああ、大野さんな。
A : 知ってるとは意外だなあ。まあフラメンコに限らず舞踊に興味がある人なら名前くらいは聞いたことがあるだろうけど。
B : 中肉中背で物腰がやわらかな人でね、子煩悩で日曜日なんか子どもとサッカーしたりして、いい人なんだけど、酒癖が悪いのが玉にキズでね。このあいだも奥さんと喧嘩して、暴れるのなんの……。
A : いったい誰の話をしてるんだよ!
B : 町内会々長の大野さんだろ?
A :

全然違うよ!俺が言ってるのは世界最高齡の現役舞踊家。今年の 10月27日に百歳を迎えた。

B : へえ。で、スペインと何の関係があるんだよ?
A : それが大アリなんだ。 1929年というから昭和4年だけど、スペインからラ・アルヘンティーナという舞踊家が来日して、帝国劇場でスペイン舞踊の公演をしたんだ。当時22歳だった大野さんはその舞台を観て衝撃を受けて、舞踊家の道に進む決意をした。
B : フラメンコ?
A : いや、大野さんが始めたのは暗黒舞踏という日本独特のジャンルの踊りなんだ。
B : それって、もしかして素っ裸で体中に白粉塗って……。
A : そうそう。
B : サングラスかけてムーンウォークする……。
A : マイケル・ジャクソンになっちゃってるだろ!大野さんは土方巽(ひじかたたつみ)という天才と出会って、暗黒舞踏という新しい舞踊をつくりだしたんだ。滅びゆく肉体の美を二人で追求した。
B :

そのきっかけがスペイン人というのは面白いな。

A : ラ・アルヘンティーナは、本名はアントニア・メルセーっていうんだけど、生まれたのがブエノスアイレスだったのに因んで芸名がついた。
B : ブエノスアイレスで生まれたから名前が「アルゼンチン」って、そのまんまだな。
A : まあ、たしかにね。
B : サンパウロで生まれてたら「ブラジル」だぞ。
A : そりゃそうだけど。
B :

春日部で生まれてたら「埼玉」だぜ。

A : なんでそこだけ県名なんだよ!
B : 1929年っていったら、ロルカが生きていた時代だよな。
A : そう。ラ・アルヘンティーナはロルカとも親しかった。大野さんの代表作は彼女に捧げた『アルヘンチーナ頌』。今は車椅子の生活なんだけど、長生きしてほしいですね。