見てきたようなウソをつき por 微笑問題
ars gratis ars
   古屋雄一郎

Vol.119
モロッコ


A : 今回のテーマはモロッコ。スペインのすぐ南、北アフリカの国ということで、スペインとはいろんな意味で関係が深い国だね。
B :

ジブラルタル海峡はいちばん狭いところで14kmしかないらしいから、泳いでも渡れそうだな。。

A : 実際泳いだ人もいるらしいよ。
B :

北島康介なら優勝まちがいなしだな。

A :

競泳は海でやらないだろ!

B :

浅田真央も金メダルを狙っているらしい。

A :

何と戦ってるんだよ、真央ちゃんは! ジブラルタル海峡は地中海と大西洋をつなぐ通り道で、モロッコは地政学的に重要な位置を占めている。しかも鉱物資源が豊富なんだ。だから西欧の列強はこぞってモロッコを支配下に置こうとしたんだね。特に19世紀を通じて烈しく対立したのがイギリスとフランスとスペインだ。

B :

元祖御三家≠チて呼ばれてるな。

A :

呼ばれてねえよ!

B : ちなみに元祖≠ヘ橋幸夫・舟木一夫・西郷輝彦で、新御三家≠ヘ郷ひろみ・西城秀樹・野口五郎。
A : いいんだよ、そんな芸能ネタは! 19世紀は帝国主義の時代で、モロッコの領有権を巡ってイギリスとフランスとスペインが争った。1880年のマドリード条約と1899年のファショダ事件を経て、モロッコはフランスの勢力範囲ということで一応の決着をみた。ただしスペインもセウタとメリーリャを中心に植民地支配を続けたんだ。セウタがスペイン領になったのは1668年、メリーリャはレコンキスタ(国土回復運動)の直後にスペイン領になったから、歴史は古い。
B :

スペインにとってはイスラームに対する防衛拠点って意味合いも大きいんだろうな。

A :

そうだね。で、19世紀のイギリスはアフリカ大陸をカイロからケープタウンまで縦に支配する政策を進め、フランスは大陸を横に支配しようとしていた。そんな両国に遅れをとるまいと絡んできたのがドイツだ。日露戦争後に露仏同盟が弱体化したところを突いて、モロッコの領土を我が物にしようと、皇帝ウィルヘルム二世が自らタンジールを訪問、フランスとドイツの関係が一気に険悪化した。これが第一次モロッコ事件だ。

B : どこの世界にもいるよな、後からやって来て漁夫の利を狙う奴。
A :

まあね。

B : 『ドラえもん』でいえばジャイアンだな。
A : 無理に『ドラえもん』に例えなくていいよ! この事件は結局フランスとスペインがイギリスの協力を得てドイツの進出を阻止し、モロッコは従来通りフランスとスペインが治めることになった。ところがドイツはこの決定に不満で、モロッコ内乱が起きると軍艦を派遣してフランスと衝突した。これが第二次モロッコ事件だ。
B : いいねえ、まさにジャイアンっぽくて。
A : よくないだろ、モロッコの人たちにすれば!
B : でもドイツは「中島がやれって言ったんだよ」って、言い訳したらしいな。
A :

カツオかよ! 漫画が変わっちゃってるだろ! 結局この時もイギリスがフランスを支持して、ドイツは譲歩。モロッコは北部のセウタとメリーリャを結ぶ地域がスペイン領、残りをフランス領とし、両国による分割統治が決まった。17世紀から続くアラウィー朝のスルターンは有名無実になったんだ。

B : 今もタンジールとかに行くと、スペイン語が結構通じるよな。
A :

そうなんだよね。北部はスペイン領だったし、地理的にも近いしね。公用語はアラビア語だけどフランス語も通じる。

B : しかし、こうして見ると、ずっとヨーロッパの餌食にされ続けてきたようなもんだな、モロッコは。
A :

確かに。その後もスペインは内陸部を占領し、1946年にはスペイン領西アフリカを設ける。モロッコは1956年に独立したけど、セウタとメリーリャは今もスペインの植民地だ。

B : それに抗議して那覇地検に捕まっちゃったのが中国人の船長だな。
A :

それは尖閣諸島だ!