美能憲二原作の『智美』が舞台化され、初演はなかなかの評判のようでした。今回、客席からこの舞台を観たエッセイストの酒井冬雪さんに感想を綴っていただきました。


酒井冬雪さん『智美』を語る

恵比寿のエコー劇場へ、美能憲二のフラメンコ公演「智美」を観に行った。「智美」は、美能憲二の小説を原作に舞台化された作品である。
 
開演5分前、客席の周囲から、
「あの小説では……」「原作のストーリィだと……」といった会話が聞こえてくる。もちろん、私も原作を読んで出かけてきたけれど、美能憲二ファンは原作もきっちり読んでくるのねえ、とあらためて感心してしまう。  舞台がはじまる。途切れがちなFMラジオから、若い女性(智美)が海岸で死んでいるというニュースが流れる。
 
そして、ロックバンドの演奏。バンドのヴォーカルは美能憲二。私が観にきたのはフラメンコだったはずなのに、と思いながらも舞台の上で起こる予想外のできごとに目が離せなくなってきた。

「智美」は、一度も舞台に立ったことがないにもかかわらず、人々に忘れられない存在として語られてきたフラメンコダンサー「鈴鹿智美」の短い生涯の物語だ。
彼女のことを、智美の母親と関係のあった編集者とフリーライターの二人の男性の視点から描いている。
 
編集者とフリーライター役は、劇団俳小の俳優、堀越健次。智美の父親であるかもしれないフクザツな立場にいる二人を、彼が二人一役で演じ、物語を形成していくのである。 舞台の上では、鈴鹿智美役の内山敦子が何度も姿を見せるのに、なかなか舞ってくれない。観客である私が、彼女のフラメンコを観たくて観たくてたまらない、もう待てないというギリギリのところまできたとき、ようやく彼女は踊ってくれる。これも、美能憲二の演出なのだ。にくらしい。

踊る内山敦子を観ていると、周りが何も見えなくなって、いつの間にか彼女のフラメンコの世界に引き込まれていってしまうような気持ちになる。内山敦子は、生前の鈴鹿智美に酷似しているそうである。智美もきっと、周囲の人々を自分の世界に引きずり込んでしまう、そんな魅力を持った女性だったのかもしれない。

あっという間に2時間が経ってしまう。最後はやっぱり、美能憲二の歌でしめくくり。 フラメンコファンも思わずロックにのってしまう。「智美」の舞台で彼は、原作・脚本・演出、もちろんフラメンコを踊って、そしてバンドのヴォーカルをつとめている。

指折り数えてみたら、なんと、一人で五役もこなしているのだ。多才である。タフガイである。フラメンコの舞台にロックを持ち込んでしまったり、何だかタブーっぽいことを平気でやってのける彼のチャレンジ精神は、私もぜひ見習いたいです。

最後に、今回の公演を見逃しちゃった人は再演を待とう!


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(左)オープニングとエンディングは美能憲二がロックを歌う(中)ロックあり、語りありの舞台だが、フラメンコにも新しい試みが織り込まれていた(右)観る人を魅了した内山敦子の踊り

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写真/大森有起