第2回
光と闇のせめぎあう場所<グラナダ サン・ヘロニモ修道院>

アンダルシアの強烈な光について前回お話しましたが、その光がひとたび建物の中に入るやいなや、非常に抑制され、且つ効果的に利用されている点には驚きました。

アルハンブラ宮殿やアルカーサルはその代表格と言えますが、そういった、世界に名だたる建造物の影に隠れてやや目立たない存在であるにもかかわらず印象的だったのが、グラナダのやや西に位置するサン・ヘロニモ修道院内の教会(Iglesia de San Jeronimo)です。

まず、建物内部全体を埋め尽くす装飾に息を飲む。暗い教会内で、浮き彫りにされた途方もない数の彫刻が、長い歴史の中で生命を帯び、じっとこちらを見据えているような、なんとも例えようのない息苦しさを感じる。

15世紀に建てられたとは信じがたい、とても人間業とは思えない精緻を究めた装飾は、どこか悪魔的な印象だ。たった1人、静寂の中で響く自分の靴音が魔物の雄叫びに変わってしまいそうな雰囲気。高い天窓から射す光は、闇に侵食され、なんともはや頼りなげだ。

ふと、重く鈍い黄金色の祭壇が神々しい光を放った。いや、放ったというよりも、外部からの光に反応し、何世紀もの間を経て奥深く内部に蓄えられていた光がぬるりと発光するような感じか。ひれ伏してしまいたいような畏怖の念に駆られる。同時に、谷崎の「陰翳礼讃」が頭を過った。

「諸君はまたそう云う大きな建物の、奥の奥の部屋へ行くと、もう全く外の光りが届かなくなった暗がりの中にある金襖や金屏風が、幾間を隔てた遠い遠い庭の明りの穂先を捉えて、ぽうっと夢のように照り返しているのを見たことはないか。その照り返しは、夕暮れの地平線のように、あたりの闇へ実に弱々しい金色の光を投げているのであるが、私は黄金というものがあれほど沈痛な美しさを見せる時はないと思う。そして、その前を通り過ぎながら幾度も振り返って見直すことがあるが、正面から側面の方へ歩を移すに随って、金地の紙の表面がゆっくりと大きく底光りする。決してちらちらと忙しい瞬きをせず、巨人が顔色を変えるように、きらり、と、長い間を置いて光る。時とすると、たった今まで眠ったような鈍い反射をしていた梨地の金が、側面へ廻ると、燃え上がるように耀いているのを発見して、こんなに暗い所でこれだけの光線を集めることが出来たのかと、不思議に思う」

長い引用になりましたが、国も文化も違うスペインで、このような感覚を体験出来たのは嬉しい驚きでした。

この修道院について、何か情報はないものかと片っ端から資料を調べてみましたが、ごく簡単な紹介文以外は一向に見当たりません。

今更ながら、現地でカタログでも買い求めておけば良かった、と後悔しましたが、当時は完全に魂を抜かれたような状態だったのでそれどころではありませんでした。どなたか詳しい情報をお持ちの方は、ぜひ情報提供にご協力ください。

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