スペインで、最初にフラメンコを教えてくれたのは堀越千秋である。
金は一度も払った事がない。でもフラメンコについては何でも教えてくれた。彼が知らない事は教え様がないので、僕にとってはそれがフラメンコの全てだった。
彼の教え方は面白かった。
例えばギターを構える。
「ディエゴはこうやって構えてたぞ?」
「その姿勢じゃ、左手が疲れるよ!」
「パリージャは右手がこういう形になってたぞ?」
「そんなに捻ったら、手首が痛いよ!」
「ペリーコは靴脱いでこんな事やってたぞ?」
「俺の好きにやらせてくれ!」
他人の好意を素直に受け取れない者は貧者である。故に何事を理解するにも時間がかかる。特急に乗れない者は各駅停車で、バスにもタクシーにも乗れない者は、ひたすら歩くしか無い。「急がばまわれ」と古人は言ったが、急いでもいないのにエライ遠回りをしてしまった。演奏する時の姿勢や右手の形の意味に合点がいく様になったのは、本当につい最近の事である。
ソレアのイントロを弾く。
「ジャンガ、ジャンガ、ジャンガ...............」
「違う違う!もっと気合い入れて、こうバシッと!」
「ジャンガ!ジャンガ!ジャンガ!..............」
「エッソエ〜!そ〜れだよ、…それ!やれば出来るじゃねぇか!」
「痛ッてぇ〜。親指に豆が....。 爪が欠けた.....」
「生えてくる!生えてくる!」
何ヶ月か経ったある日、頃合い良かれと思ったのか、こんなことを話してくれた。
「いいか、ギターリストってぇのはなぁ、いかに唄い手を"その気"にさせるか、っていうのが腕の見せ所なんだ。だから時には凄んだり、優しく弾いたり、押したり引いたりして、唄い手を唄に専念させるべく語りかけなくてはイカンのであるよ。わかったカニ〜?若林君?」
実は正直なところ、当時の僕にはカンテ(唄)の伴奏の魅力も難しさもよくわからなかった。唄の間のファルセータ(間奏)こそ最大の関心であり、弾きたい時間であって、唄の最中は「今は堀越さんのパートだからなぁ」という程度の認識であった。それでも知っているレトラ(歌詞)が始まったりすると、「この唄の流れをどうやって料理してやろうか」なんて張り切ってしまうのも、また事実であった。
毎日の様に電話がかかってくる。
「どうしてる?飯でも食おうぜ」
「日本から面白い人が来たから、一緒に遊ぼうぜ」
「今日渋いカンテをやるぞ!」
「今暇だからアトリエにギター持ってこいよ」
高校の時の同級生みたいである。
ギターケースを持っていない僕は、裸のギターを抱えて彼のアトリエに行く。何の事はない、結局カンテ(唄)の練習相手を毎回させられていた訳である。
「今のはなぁ、ソレア・デ・アルカラって言うんだ。へレスだと、昔、最後にこういう風に唄ったりしてな。この間、日本で唄ったら、有名なギターリストがついて来れなかったから、今日からお前は『そこに関して』は日本一のギターリストだ!」
何もことやらサッパリである。「ふ〜ん」と応えると「ハハハ!でも、今のはなかなか良い感じだったなぁ!」なんて豪快に笑ってる。つられて思わず僕も笑ってしまう。堀越さんって、面白い。ハハハ。
今から思うと、近所の人達からよく文句が出なかったなあ、と思うほどジャンジャカ演奏しまくってた。実際には、文句どころか、一触即発の状態だったのではないかと思う。何しろ、堀越さんが唄い始めると、アトリエの空間は別世界である。部屋も一緒に唄い始める。そして、彼が唄に込めることで立ち現れるあの迫力や、呼吸の切なさには度々こっちの息が止まりそうになったものだ。そういう時に、思わず感動して出てしまう一言があった。これである。
「オーレ!」

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