「麗の店」は六本木にある。 そこで働いていたのは、もう20年近く前の話しになる。その頃店は赤坂にあって、客がギターやピアノの生伴奏で歌える店だった。興に乗ると麗子ママもマラカスを手にした店長と「コーヒールンバ」を熱唱したりして、とにかく毎日が生演奏の宴だった。僕は年上の大人達に混ざって、その喜怒哀楽を映画を観ている様に楽しんでいた。店に美しい女性が多いのは今も昔も変わらないが、気丈なママさんのエネルギーが未だに衰えないのは神秘的でさえある。今では、フラメンコはもちろん、ジャズ、カンツォーネ等を歌う女性ボーカルを、ピアノやサックスの伴奏で楽しめる大人っぽい演出の店になった。
昨年作った「麗の店」という曲は、瀧本正信さんが僕のライブに出演する時に必ず唄うことになっている。残念ながら僕の年格好と声では、この曲の雰囲気にちょっと似合わないらしい。でもここだけの話、いつかは自分で唄ってみたいと密かに思っている。ちなみに、この曲はフラメンコではありません。念のため。
なぜ「麗の店」で働く事になったかと言うと、とにかく当時の僕は金が必要だった。何でも良いから、とにかく一刻も早くスペインへ行きたかったのだ。ゴヤ!ベラスケス!ピカソ!ミロ!ダリ!ガウディ!セルバンテス!ヒメネス!ロルカ!パコ・デ・ルシア!これだけユニークな天才が生まれてくる土地で、思いっきり深呼吸をしてみたかった。
もう東京はウンザリだった。窒息しそうだった。フワフワした娯楽に包まれた虚しい日々。生きている実感のない毎日。将来の不安解消の為に貯蓄したり保険金を払う位なら、その金を自分の未知なる経験に賭けようじゃないか!一年後にはスペインへ行きたいんです!どうか使ってやって下さい!
という訳で、ママさんはその心意気をかって雇ってくれた。
店にも慣れてきたある日、近くのクラブで働くフラメンコ・ギターリスト、高橋秀夫さんが常連客に連れられて店にやって来た。そして客に乞われてフラメンコを弾き始めたのである。終わってみれば、僕を含め店中がビックリである。その強烈なエネルギーに参ってしまった。確か曲名を「ブレリア」と言っていた。
「何だったんだ、今のは?」
当時、ギター愛好家の話題になっていた「スーパー・ギターリスト・トリオ」の1人に、パコ・デ・ルシアというトンでもない演奏家がいる事は知っていたが、「フラメンコ」という世界に関して、当時の僕は全くの素人であった。その後、高橋さんはお客さんとして度々店に遊びに来る様になり、僕がギター好きな事を知ってからは「まー君、まー君!」と、何かと可愛がってくれた。こっちはフラメンコなんて遠いものだと思っていたのに、彼が心酔するパコ・デ・ルシアの話や、目の前で弾いてくれるギター演奏が楽しくて、家まで遊びに行って朝まで話し込んだりしたものだ。
「まー君、ボクシング好き?」
ある日、後楽園のボクシングの試合に招待してくれた。日本タイトル防衛戦である。ボクシングの試合の間に、彼のフラメンコショーがあるというのだ。招待券は特別席。リングサイドってこんなに凄い音なのかとビックリした。グローブと皮膚が当たる音のきつい事!
「パシッ!パシッ!パ、パ、パ、パ、パシッ!」
まるで自分が殴られている様な気分になってくる。期待の新人には、相当長くやっている様な冴えないおじさんが対戦相手になって滅茶苦茶殴られたりしている。もう可哀想である。
「じゃ、ちょっと行って来る」
何試合か終わると、高橋さんはフラメンコギターを手にロープの間を潜ってリング上に登場した。「アルハンブラの思い出」を弾き終えてフラメンコが始まる!踊りの女性も登場だ!僕はドキドキしてリングを見上げる。「頑張れー!」と見入っている僕の後ろから容赦ない掛け声が飛ぶ!「ねぇちゃん!いいぞー!」「もっと足上げてー!」「あなたのお名前なんて言うのー!」。もう滅茶苦茶である。「おい!もうちょっと真面目に見てあげろよ!」と文句を言おうと思って振り返ると、叫んでいる連中のガラの悪さと数は半端ではない。
「あー!こりゃダメだ!」
リング上の2人は「ぺこり」と頭を下げ「仕事」は終わった。
その高橋さんは、今「麗の店」の店長をしている。相変わらず毎晩豪快なギターを弾いていて、時々顔を出すと「オー!まー君!」と声に出して歓迎してくれる。高橋さんの人並み外れたパコ・デ・ルシア好きが実を結び、今では来日したパコが、公演メンバーを連れて遊びに来たりするらしい。満面の笑顔で一緒に写っている写真が入り口に誇らしげに飾ってある。
未知なるスペインへの旅立ちを応援してくれた「麗の店」は、今でも僕にとって特別な存在なのだ。
|
麗の店 |
六本木 |
|
ママ歌う |
バラの歌を |
|
歌姫の |
宴が続く |
|
今宵 |
また |