「歩くことは薬である」
尊敬するイギリスのアーティスト、ハミッシュ・フルトンは言った。60年代に盛んになった「思考自体が作品である」という理念に基づくコンセプチュアル・アートの代表的な作家の1人として、今も活躍する作家である。リチャード・ロング、ローレンス・ウェイナー、河原温と同様に、言語を作品に用いるランゲージアートを現代美術史で最初に展開した作家としても有名である。
「歩くこと」を作品とした同じイギリスの作家、リチャード・ロングは、東京国際フォーラムの大きな作品や、国内の美術館にもコレクションされていて日本でもかなり知名度が高いが、「哲学者ヴィドゲンシュタインも同じように歩くことによって思考を深めたのではないか」とインタビューで語っていた。
歩くことによって自らの「道」を作り思考する人々。
終電に乗り遅れてはテクテクと朝までかかって帰宅し、しかし後悔することのない日々を送る僕ではあるが、歩くことによって曲想が生まれたり、様々なアイデアが生まれたりすることは結構多い
実際、アイデアに困ると歩き回る人はかなり多いらしい。日本のフラメンコ界にも散歩好きはかなり居るのではないか。なんと言っても日本で発刊された、世界初の本格的なフラメンコ月刊誌の名前は「パセオ(散歩)」である。さもありなん。

*************************************************
試しに、目黒から自宅のある北区まで歩く。距離にして約20キロ。深夜2時。冬。さすがに充分寒い。
照れ隠しに「試しに」などと言ってしまったが、実は飲み屋で話し込んで帰りの電車がなくなっただけの話である。風邪ひくからタクシーで帰れ?いや、せっかくの機会だから歩きますよ。歩きます。
「よし、とりあえず新宿に着いたら一休みしよう。」
「新宿まで、新宿まで、新宿まで…….」と歩くが、なかなか着かない。途中で交番へ。
「王子へ行くんですけど、どの道が近道ですか?」
「えっ?王子まで?歩いて?いや〜、そりゃかなり遠いよ〜。う〜ん、それじゃぁこの道を、ず〜っとず〜っと、とにかくず〜っと行くしかないなぁ」
「帰宅の道に近道無し」学問とまったく同じである。
歩けば必ず着くのだから、冷静に考えてみれば大した苦しみではない。苦しいのは答えの見えない、先行きの見えない、けれども行かざるを得ない悶々とした時間を過ごす事である。確信と不安が交互に立ち現れては挨拶をして去ってゆく、あの産みの苦しみの時間は何とも表現しがたい。
気を取り直して、再びテクテクと歩き始める。今ではもう過去のモノになりつつあるカセットテープレコーダを片手に持ち、歌いながら歩く。大通りの歩道だから、車の騒音にかき消されて恥ずかしさも半減。でも、脇道から突然人が現れたりすると、急に小さな声になったり、口笛吹いたりして。深夜とはいえ、さすがに道で歌ってるのを人に見られたり聞かれたりするのは恥ずかしいものです。
メロディーや歌詞をあれこれ変えては「おっ!この歌いいぞ!出来た出来た!」とはしゃぐのである。そして立ち止まって録音。ふっふっふ。完璧である。でも、今歌ったばかりの歌が思い出せない時などは、深夜の歩道で固まったりしますけど。
家に着いたのは学校の生徒達が皆授業を始める時間だった。そこまで歩くと、もう意地でも途中で電車に乗ろうなんて考えない。僕のつまらないプライドがそれを許さない。こういうのを意固地と言うんだそうですね。
でも、だからこそ見えてくる世界だってあると思いませんか?


「今月の若林情報」
もう春の香りいっぱいですねぇ。春分の日はシェリーを飲みながらフラメンコを楽しみましょう!
「 Fiesta de Primavera 」
日時:3月21日(水・祝)17:00〜20:00(ぷちレッスン16:00〜)
Guitar:若林 雅人 Cante :能登 晶子
会場:しぇりークラブ3F 東京都中央区銀座6-3-17 悠玄ビル
料金:お一人様 6,000円(定員25名 要予約)
お問い合わせ:03-3572-2527 しぇりークラブ
森田志保フラメンコリサイタル “はな5”に
若林雅人からさんのメッセージが寄せられています。

|