当時の堀越千秋


若林雅人さんのプロフィールは こちら



フラメンコの魅力を教えてくれたのは、マドリッド在住の画家、堀越千秋である。

マドリッドのピソ(アパート)を手配してくれた画廊のオーナーが、到着後間もない僕に「誰も知り合いがいなくては何かと大変だろう」と紹介をしてくれたのがそもそもの出会いであった。

ある日「うちにご飯でも食べに来ない?」とお誘いがあった。 マドリッド郊外の自宅。奥さんと娘さんの明るい笑顔に迎えられ、次から次へと出てくる御馳走とお酒に気分を良くした僕は、何気なく言った。

「実は僕、ギター弾くのが大好きなんですよ」
「へぇー。じゃあ何か弾いてよ」

彼は立ち上がると、別室から裸のギターを持ってきた。

「日本に帰った知り合いが置いていった安物だけど…」

と手渡されたのは、クラシックギターであった。6本の弦が張ってある本物である。「絵画の勉強にギターがあっては集中出来ない」禁欲的な態度こそ目的地への近道と信じていた僕は、日本へギターを置いてきた。しかし根っからギター好きにとって禁ギターは誠に辛い。「ポロ〜ン」と和音を弾いただけで、もう大喜びである。

ロックバンド「イエス」のギターリスト、スティーブ・ハウによる名曲「Mode for a day」を弾き終えると、彼は微笑んでいた。

「へぇーすごいじゃん。フラメンコとかは弾かないの?」
「実は僕パコ・デ・ルシアのファンなんです」
「なんだ!他にもいいのがいっぱいあるのに!今度俺が録音してやろうか?」
「ホントですか!」
「勿論だよ。よかったらそのギター貸してやるから練習して今度はフラメンコ弾いてくれよ」
「えっ!これを?でもいいんですか?」
「弾けない奴が持ってるよりその方がギターも喜ぶだろ?」

その夜、裸のギターを抱えて長い道のりを帰った。

「フラメンコを弾いてくれよ」と言われたものの、どこで、何を、どう習ったらいいのかわからない。唯一パコ・デ・ルシアは知っていたが、とても真似できる様なレベルではなかった。グランビア近くのギター工房でフラメンコの楽譜を買って弾いてみたりしたが、どうもピンとこない。イメージが湧かない。

それからしばらくして、また自宅の食事に招待してくれた。 彼の大きな笑顔に迎えられ、いつもの巨大な瓶ビールが出た後には赤ワインも登場。次から次へと出てくる奥さんの手料理をたらふく食べてニコニコ顔の僕ははしゃいで会話は途切れる事がない。

もうすっかり遅くなって帰ろうという頃、
「あ、そうだ。これ良かったら聞いてみなよ」
と一本のカセットテープを渡された。

夜遅くアパートへ着いて改めて見てみると、そのテープにはビッチリと細かい字が書き込まれていた。

**********************************************

 「カンテ・フラメンコ選集」    

ソレア:
ディエゴ・デル・ガストール(ギター)
ブレリア:
マヌエル・アグヘタ 唄
  パリージャ・デ・ヘレス(ギター)
シギリージャ:
マヌエル・アグヘタ 唄
  パリージャ・デ・ヘレス(ギター)
ソレア:
マヌエル・アグヘタ 唄
  パリージャ・デ・ヘレス(ギター)
ブレリア:
テレモト・デ・ヘレス 唄
  マヌエル・モラオ(ギター)
ソレア:
テレモト・デ・ヘレス 唄
  マヌエル・モラオ(ギター)
ソレア:
フェルナンダ・デ・ウトゥレーラ 唄
  ホアン・マジャ・「マローテ」(ギター)
ブレリア:
エル・チョサ・デ・ヘレス 唄
  (ギター不明)
ソレア:
ペペ・トーレ 唄
  メルチョール・デ・マルチェーナ(ギター)
ポロ:
アントニオ・マイレーナ 唄
  マヌエル・モレーノ「モラオ」(ギター)
ソレア:
アウレリオ・セジェス 唄
  メルチョール・デ・マルチェーナ(ギター)
ソレア:
ペルラ・デ・トゥリアーナ 唄
  ホアン・モラオ(ギター)
ソレア:
アウレリオ・セジェス 唄
  マヌエル・モラオ(ギター)
ソレア:
ラ・ピリニャカ・デ・ヘレス 唄
  ホアン・モラオ(ギター)
ソレア:
ホアン・タレガ 唄
  マヌエル・モラオ(ギター)
シギリージャ:
アントニオ・マイレーナ 唄
  メルチョール・デ・マルチェーナ(ギター)
シギリージャ:
ラ・ピリニャカ・デ・ヘレス 唄
  ホアン・モラオ(ギター)
シギリージャ:
ホアン・タレガ 唄
  メルチョール・デ・マルチェーナ(ギター)

**********************************************

最初に気が付いたのは、ほとんどの曲が「ソレア」という曲名である事。それ以外にも同じ曲名が並んでいる事。同じ演奏者名が何度も出てくる事、でもその組み合わせが違う事、であった。

翌日、ちょっとドキドキしながらラジカセにテープを入れた。再生ボタンを押す。はて?ソレアという同じタイトルではあるが、どれも違う曲に聞こえる。唄い方もギターの演奏も皆違うのに、どうしてこれが同じ曲なんだろう?と、これが最初の疑問であった。

「とりあえず最初の曲からコピーしてみるか」 ディエゴ・デル・ガストールという演奏家のフレーズを、ひとつずつ耳でコピーしていった。「キュルキュルキュル」と何度もテープを巻き戻しながら。誠に実に何度も何度も、毎日毎日、朝から晩まで一日中その繰り返し!当時のその「しつこさ」と集中力を思い出すと我ながら感心する。
でも楽しかった!そして、それを弾いてみせた時の堀越さんの笑顔は今でも忘れない。

僕にとってのフラメンコは、全てこの堀越千秋との出会いから始まったのである。



<その1> 友人のサキサトムと企画運営しているビデオアート上映プログラム「ブレイク・イン・シアター」を6月12日(木)東京、武蔵野美術大学で行います。2000年12月の設立以来、現在までに英国を拠点として活躍する若手作家を中心に、合計17人24作品を、東京国際フォーラム、広島市現代美術館、水戸芸術館、都内コマーシャルギャラリー等、9カ所にて上映してきました。今回の「ブレイク・イン・シアター3」は様々な意味で「繰り返し(REPETITION)」を中心コンセプトとして作品を選定し、繰り返すことで現れる、意味、変化、強調、感情、ユーモアといった表現を含むビデオ作品、計8本を上映いたします。 ●会場:武蔵野美術大学、第2講義室 ●日時:6月12日(木)開場:午後4時 上映開始:第1回目午後4時30分、第2回目午後6時30分 第1部上映終了後に、若林雅人とサキサトムによるトークがあります。入場無料。一般の方の入場も可能ですのでお気軽にご来場下さい。 ●お問い合わせ先:武蔵野美術大学(代表)042-341-5011
<その2> 毎月恒例のライブを6月19日(木)アルハンブラ西日暮里店でやります。今回も女性コーラスユニット、ラス・カナリアスとフラメンコ以外の音楽で活躍する2人がサポートメンバーとして出演してくれる事になりました。「UNSCANDAL」のドラマーとして一年中全国ツアーに忙しいジャッキー天野君と、芸能界でも活躍するベーシスト藤谷一郎君がウッドベースで参加。フラメンコのカンテソロやラス・カナリアスの歌声に彩られた日本語のオリジナル曲など盛り沢山。アルハンブラ自慢の美味しい料理と共に6月の夜をお楽しみ下さい。もちろんドリンクだけでもOKですよ。詳しくはJスパエンターテインメントへ!