大渕博光さんに聞く |
フラメンコとの出会いということでいうと、カマロンです。はじめは名前も知らなかったのですが、あるとき、トマティートの「バリオ・ネグロ」というCDを聴いていたら、そこにカマロンの歌が聴こえてきた。彼の歌はロックのヴォーカルともほとんど違和感がないですね。それで一気に、フラメンコというか、カマロンにハマりました。 ちょうど音楽活動を休止していた時期で、“電気じかけ”の音に飽きていたころでもありました。自分でも新しいことを何かやらなきゃと思っていたんですよ。そういうタイミングでカマロンの歌に出会った。それからは、もうフラメンコしか聴かなかったですね。ロックのことは忘れていた、というか、一切シャットアウトした時期もありました。フラメンコと向き合うには、まずはギターからやってみようと、3年間ギターも習いました。 そのうちに歌も歌うようになって。やはりカマロンの影響は大きかったです。六本木のフラメンコライブの店にギターと歌で出演するなど、フラメンコだけの時期が約2年半ありました。 −そのようにフラメンコ漬けになっていた大渕さんが、また今回のような新しい行動に出たのはなぜですか?
そうですね。フラメンコに夢中になってはいたけれど、やはり心の中では自分らしいことをやりたいという意識はずっとありました。フラメンコでカマロンを意識して歌ったところで、カマロンになれるわけではないし、僕自身、誰かに近づこうとするやり方には違和感を覚えるようになったんです。 そして少しずつオリジナル曲を作ったり、ライブをするようになっていったんですが、その頃のオリジナル曲が、たまたまBAYAKAのアルバムでとりあげられたりと、また新しい道が開けてきた。ずっと会社勤めをしながら音楽活動を続けていたのですが、音楽一本にしぼったのもこのころ。5年ほど前です。 −そしてスパニッシュ・コネクションと出会ったと。
BAYAKAのアルバムの時にタブラ奏者の吉見征樹さんと出会ったのがきっかけだったのですが、もともとメンバーと音楽的な志向が同じということもあり、波長が合ったんだと思います。すぐに意気投合しましたね。 −それが今回のCDデビューにつながった。
はい、そして去年彼らのアルバムに参加してすぐに、今回のソロアルバムの構想を持ちかけていただきました。その後の一年はヴォーカリストとして彼らのライブに帯同する一方で、曲を書き溜めつつギターの伊藤芳輝さんとのユニットでのライブ活動を続けました。 アルバムもスパニッシュ・コネクションの全面的なサポートを受けて作り上げたのですが、全ての曲のアレンジをしていただいた伊藤さんはフラメンコギタリストでもあるので、僕のイメージを聴きながら引き出しを一つずつ、自然に出してくれました。 −そうした流れの一方で、フラメンコのライブ出演も続けておられますね。
フラメンコはいつまでも憧れの対象なんですよ。いまでも自分の中では最上級にかっこいいもののひとつです。追求してもし尽くせない奥深さを感じて、離れることができません。 ただ、上手に歌えるようになってスペイン人のフラメンコから「うまいじゃないか」と言われるより、やっぱり自分の音楽(日本語の)を聞かせて「面白い、まねできない」と言われたかったりします。 矛盾するようですが、自分の中ではフラメンコもそのほかのものも、あまり境目がないんです。一人のミュージシャンとして自分なりの音楽を追求するというごく当然な行動として、最近の活動があります。 −CDを作るにあたり意識したことは?
聴くとわかってもらえますが、フラメンコとはかけ離れた感じの曲ばかりなんですよ。ただ、僕はあくまでも、カッコいいと思った音楽、経験した音楽が自分というフィルターを通って自然に出てきたものを音にしたかった。 歌謡曲やロックやブルース、ファンク、そしてフラメンコ。そういう意味ではうまくいったかな、と思ってます。 −今回のCDはどんな人たちに聴いてもらいたいですか?
そうですね。CDは、やはり幅広い層の方に聴いてもらうことを意識しています。フラメンコとしてではなく、大渕博光の音楽として。僕自身を知ってほしいという気持ちがあります。コンサートに来てもらえば、もっとそれがわかってもらえると思っています。 −大渕さんがめざす歌、音楽とはどのようなものですか?
スペインのフラメンコたちにとって、うれしい時悲しい時にブレリアスなりマルティネーテなりがこぼれ出てくるのって、自然でリアルなことですよね。同じように日本で、若い女の子が彼氏とケンカした帰り道にふと口ずさむ浜崎あゆみの歌も、ヒターノの歌と同じくらい自然でリアルなことだと気付いたんです。 だから僕も、いま生きているこの場所、時代、感覚を大切にして、聞いてくれる人にとって、自分にとって「リアル」な歌を作って歌いたいと思っています。
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