ウニオンの国際フェスティバルに、日本人として初めてセミファイナルに残った平富恵さんと南風野香さん。


今年のフェスティバルのポスター


  毎年8月にムルシア地方のラ・ウニオンで開催される、カンテ・デ・ラス・ミーナス国際フェスティ バル。今年で43回目を迎える、この伝統的なフェスティバルの中心となるのが国際コンクールだ。 開始された年ということではコルドバのコンクールに譲るが、3年に一回のコルドバと違って、毎年 開催されるこのコンクールは回数からいえばスペインで最も古いコンクールということができる。
 このコンクールに、今年は初めて日本人がセミファイナルに残った。マルワ財団のコンクールの 優勝者である小松原庸子舞踊団所属の平富恵と南風野香である。15日の準決勝を前に、この二 人にインタビューした。

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写真・文 志風恭子

フェスティバルHP 


平富恵さん  
クラシックバレエをやっていらしたということですが。

はい。でも実は幼稚園のときにフラメンコを習っていたこともあるんです。姉が習っていたもので。発表会にも出たのですが、すぐにやめてしまいました。そのあと小学校二年のときから中学までバレエをやっていました。

それがフラメンコをはじめることになったのは?

友だちがずっとフラメンコを習っていたので、一緒にやろうと誘われていたのです。けれど、そんなものすぐできるわ、と思っていてぜんぜんやろうとは思ってなかった。フラメンコは踊りだけ、って思っていましたし。

それが18歳のときに、テレビで小松原先生の舞台を観たんです。スペイン人といっしょの舞台で、それがもう素晴らしくって。それで、もうすぐ、翌日には研究所に電話して入門していました。学生だったこともあり、お昼のミセスクラスから始めたんです。

初舞台は?

入門してすぐに夏の日比谷(真夏の夜のフラメンコ)に出演しました。いつから舞踊団、というのはよく覚えていないのですが、わりと早くから舞台に出させてもらいました。渋谷のタブラオ「パティオ・フラメンコ」にもスペイン人といっしょに出演したりもしました。教えるのは4年くらい前からでしょうか。

第一回のマルワ財団のコンクールで優勝されていますが、自信はありましたか?

いいえ、優勝するなんてまったく思ってもいませんでした。今でも信じられないくらい。先生からも、よその人はすごく上手だからね、と言われていましたし。

でも、なにかひとつの目標のために集中して練習するというのはいいことですよね。だから、そのために一生懸命練習しました。優勝とか入賞とか、ぜんぜん考えもしませんでした。もちろん優勝はうれしかったです。でも結果はあとからついてきた、という感じです。

今回、スペインのコンクールに出場すると聞いたときはいかがでしたか?

ラ・ウニオンには去年、公演で来て、すごく観客があたたかい感じがしたのです。外国人がフラメンコを踊っているのを見たことがない人もいると思いますし、心配なのですけれど、これもひとつの経験だと思ってトライします。

シギリージャを踊るそうですが、この曲に決めた理由は?

日本のコンクールのときも、いろいろな曲が候補にあがりました。最初はアレグリアスとか、軽やかな曲にと思っていたのですが、スペイン人アーティストの助言もあって、ソレアやシギリージャといったシリアスな曲の方がコンクールにはいいのでは、ということになったのです。

今回はバタ・デ・コーラで踊るので、日本のコンクールのときとはスタイルが違うのですが。おかしい動きをしたら日本人だから、外国人だから、と思われてしまうかもしれませんが、とにかくまじめに、スペインの人たちがやってきたことを壊さないように、きちんと踊りたいと思います。

将来の目標は?

どうでしょうか。とにかくわたしはフラメンコの歌やギターも好きなので、自分が踊らなくなったとしてもずっとファンでいたいと思っています。

フラメンコをやってよかったということはありますか?

全く知らないことを知ることが出来たということでしょうか。また、CDを聴いたりするだけだったら、音楽としてしか聴こえてこなかったかもしれませんが、彼らがどういう風に歌っているかとか、たとえば練習のときにすごくいっしょうけんめい歌っているのを聴くと、もうこれはこの人たちのものなんだ、と思います。そういうのを見ることができたことでしょうか。

たいら・よしえ
東京都大田区出身。子どものときからクラシックバレエを学ぶ。88年、小松原庸子スペイン舞踊研究所に入門。舞踊団の一員として数多くのスターたちと共演。また何度かスペイン留学も経験。日本国内の公演はもとよりアメリカ、ブラジル、シンガポールなど外国公演にも、舞踊団のプリンシパル・ダンサーとして参加。最近の主な出演作品には「カルメン」「ドゥエンで・デル・フラメンコ」「血の婚礼」がある。02年第一回マルワ財団コンクールで優勝(フェスティバルの資料より)。
好きな踊り手:ミラグロス・メンヒバル、ファルキート、フアン・オガージャ…
好きなアーティスト:ミゲル・ポベーダ
好きな曲:みんな好き。とくにあげるならシギリージャス、アレグリアス、タラント、ソレア


南風野 香さん
  
最初はバレエをなさっていらして、プロとして舞台に立ったり、教えたりもしてらしたということですが、いくつのときから踊りはじめたのですか?

はい。5歳のときからずっとバレエを踊っていました。

なぜフラメンコに転向されたのですか?

クラシックバレエをやっていて、なんとなく物足りないものとかを感じはじめて、ジャズダンスだとか、いろんなジャンルのダンスをしていたのですが、そこでフラメンコに出会ったのです。バレエをやっているときにアントニオ・ガデスの舞台を観て、素晴らしいと思ったことが残っていたのかもしれませんね。

バレエをやってらしたということですが、初心者クラスからはじめられたのでしょうか?

もちろんそうです。バレエとフラメンコは精神的なものからなにから、まったく違いますから。順番覚えたりするのは早いですけれど、テクニックとかはぜんぜんついていけませんでした。

バレエとフラメンコはまったく違いますか?

はい。考え方からして違うと思います。わたしの場合はバレエをやりすぎていた、というのでしょうか、かえってフラメンコにとってよくなかったのではないか、とか思うこともあります。

でも動きとか、姿勢とかプラスの面もあるかもしれません。バレエは準備が大切ですが、フラメンコはその場で臨機応変に対応していく、ということが大切なように思います。前はこうだったのに、とかいってもだめなんですね。そのときどきで変わっていく、というか。

初舞台はいつだったのでしょう

入門してから2年くらいでしょうか、真夏の夜のフラメンコの舞台に出させて頂きました。舞踊団として作品に参加するようになったのはその後です。今は舞踊団での舞台とともに、研究所などでの教授活動も行っています。

今年、日本のコンクールで優勝なさったわけですが、今回また本場スペインでのコン
クールに出場すると聞いていかがでしたか?

う〜ん。もちろんびっくりしましたし、なんていえばいいのでしょうか、自信もありませんし、舞台に立つことは恥ずかしいですし。舞台に立つことはいつまでたっても恥ずかしいんです。今回も大失敗してしまうかもしれないですし。でも、いい経験だと思って挑戦します。

今回はアレグリアスを踊られるそうですが。

はい。去年、ミラグロス(・メンヒバル)に習ったものです。とても憧れていた人だったので、すごく大切な曲にしています。去年の秋に習って、舞台でも踊っている曲です。

ふだんはどのくらい練習されていますか?

クラスがたくさんあって、それに加えて舞踊団公演の練習がありますので…。

毎日がフラメンコを中心にまわっているという感じですね。

そうですね。フラメンコ以外のことをする時間はあまりありませんね。あ、音楽は大好きでクラシックをよく聴きます。リラックスできるんです。

将来の目標は?

とにかくやり続けられるところまでやっていきたいですね。

はえの・かおり
神奈川県藤沢出身、山羊座。小牧バレエ団でバレエを学び、10年にわたり在籍。さまざな作品にソリストとして出演。第一舞踊手の道が約束されていたが、スペイン舞踊にひかれ89年、小松原庸子舞踊団に入団。セビージャ万博での作品など、舞踊団の世界各国での公演に参加。99年、舞踊団創立30周年記念公演「血の婚礼」上演にあたり、主役に抜擢。好評を博す。02年第42回カンテ・デ・ラス・ミーナス国際フェスティバルでの「血の婚礼」公演で妻役を踊る。03年、「カルメン」でも主役としてシンガポール、タイ公演に出演。第2回マルワ財団コンクールで優勝(フェスティバルの資料より)。
好きな踊り手:ミラグロス・メンヒバル
好きなアーティスト:ドゥケンデ
好きな曲:アレグリアス

恩師ミラグロス・メンヒバル(右から2人目)とともに

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