スペインを活動の拠点としている日本人アーティストに現地インタビュー。第1回は渡西10年、現在マドリッドで活動し、劇場公演を終えたばかりの石川亜哉子さんに、フラメンコについてたっぷり語っていただきました。

いしかわあやこ

芸名: La Sara、yako Ishikawa。
横浜出身。92年フラメンコ舞踊学校の門を叩く。94年渡西、マリキージャに師事。グラナダを基盤にスペインでの舞踊活動を開始。自分のグループを結成し、地元のタブラオやイベントなどに出演。99年マドリッドへ拠点を移し、現在クララ・ラモ―ナとマルハ・パラシオス、イサック・デ・ロス・レジェスに師事し、クララ・ラモーナ舞踊団にて活動中。タブラオ “カサ・パタス”や劇場などに出演。

 

自分の内面を磨きつつ、
いつもFlamencoな人間でいたい


先日マドリッドで行われた “シクロ・フラメンコ(フラメンコ週間)”に出演されたそうですが。

 「はい。トリアングロ劇場で6月24日〜30日にかけて様々なフラメンコの傾向、例えばジャズとのフュージョンや国境を超えたフラメンコ、正統派フラメンコなどを 1週間かけて紹介しようというもので、私はそのうちの国境を越えたフラメンコがテーマの日に踊らせてもらいました。この公演は、現在私が師事するクララ・ラモーナ先生の主催で、今年で2回目になります」


初めての劇場公演ということですが、公演を終えての感想は?


 「とにかくできる範囲のテクニックはすべて使い、自分の中で歌とギターを一つ一つ聴いて、それに応えるようにめいっぱい表現したって感じです。踊り終わって、観客の拍手とワーという歓声を聞いたときはとてもうれしかった。先生陣からは、『サラが表現したいことが伝わってきた』と言っていただきました。私にとっては一番の誉め言葉です。公演をして、自分自身まだまだ足りない所が見えたと同時に、持っているものは全部出す事ができ、それが今回とても意味がありました」


 「これまではタブラオ出演が多かったから、今回劇場での踊り方や意識の違いを学べて、すごく勉強になりました。それから、伴奏には自分の好きな歌い手やギタリストに直接出演交渉して、彼らといっしょに自分の踊りたい曲や詩を使った舞台作りができたこと。その間、ものすごい量の勉強ができました。これは長年やりたかった事のひとつ。ちなみにギタリストはフェリペ・マジャ、歌い手はアントニオ・ヒメネス、セバスチャン・ロマン、彼らはマドリッドの老舗タブラオや海外でも活躍するベテラン。この3人にとても助けられました」


「外国人」という意識を常に持ちながら
自分の芸を磨く


フラメンコの本場スペインで、そこで現地の観客を前にして踊るということで苦労することは? 

 「フラメンコをやっていく人にとって、それは永遠のテーマでしょう。地球の裏側からやって来た東洋人がスペインに定住したジプシー達の文化で
あるフラメンコを踊るわけだら、拍手にも『外国人だけどよくがんばったね、こんなに踊れるんだね』という意味が含まれていることを意識しなくちゃって思います。こちらは本場なのでファン層も厚く、見る目も厳しい。観客にうけたからってスペイン人と対等なレベルになったと勘違いしてはいけない。『外国人だ』という目で見られているということを決して卑下するのではなく、そういう意識を常に持ちながら自分の芸を磨き、それ以上の拍手をもらうつもりでやらなければと思っているの」


グラナダに3年、マドリッドに約4年。合計7年間在住と聞きましたが、スペインで暮らすことの魅力は?

 「気候がよく太陽がサンサンとし、人々はラテン気質で明るく、物価が安く食べ物がおいしい。生活の基本になることが恵まれている、それにプラスして“フラメンコ”があるから文句なしです(笑)」


 「グラナダとマドリッド、どちらも大好きですよ。グラナダをはじめアンダルシアはフラメンコが生まれた土地。アフィシオナード(フラメンコファンのこと)の層が広く、人々の目も温かい。けれど踊りのレベルアップや仕事のことを考え、活動の場所をマドリッドに移したの。マドリッドはフラメンコのプロたちがたくさんいて、見る目も厳しい。グラナダ時代とはっきり違う点は、プロの踊り手として活動するんだという意識が強くなったことです」

普段の生活もフラメンコでありたい

フラメンコを表現することで一番大切なことは?

 「もちろん、基本的にテクニックは大事。でも私にとってフラメンコを踊るということは、第一にフラメンコが好きだから、そして、私自身を表現するひとつの方法なんです。その中で一番大切にしているのは、私の場合、踊る時だけフラメンコになるわけでなく、普段の生活もフラメンコでありたいということ。それは、フラメンコ酒場に通えばよいとか、意識してできるものでもない。なんとも表現しがたいけど、私自身を出すことが一番大事っていうのかな。私がフラメンコでなければフラメンコでない踊りが出ると思うし、観客が私の踊りを見て、私がどういう人でどういう生活をしているかと興味を持ってくれたり、踊りを通してどれくらいのものを感じてくれるかが大事だと思います」


 「そのためにはやはり最低限の技術と最低限のルール、フラメンコのリズムというルールを磨かなくっちゃ。私がフラメンコの人たちと関わるのも、そういう上手い人たちがどうしてフラメンコがうまいんだろう?と思う自然な気持ちがそうさせるの。例えば今回共演したギタリストにしても、『どうしてこの人は、私のめざすフラメンコをこんなに的を得るようにできるんだろう?』ってね。例えば眉間に皺を寄せるとか、足を大きく鳴らすとかフラメンコっぽいエッセンスは真似できるけど、それ以外にフラメンコを表現するツボがあると思うの。だから、上手い人たちにくっついてそのツボを勉強するというのが一生の課題ですね」

フラメンコとは、私といっしょに歩いているもの

将来の夢は?

 「今はこのままスペイン、マドリッドで活動を続けたい。以前グラナダでやったような、ジャズとフラメンコのミックスのグループも大変面白かったし、また、今所属しているクララ・ラモナ舞踊団でのクラシック・エスパーニョールにもどんどん取り組んで行きたい。
今年の秋には、彼女の舞踊団で中国公演で“カルメン”をやる予定です。日本へも機会があれば公演に行ってみたい。といっても”故郷に錦を飾る”とかではなく、

世界レベルというか、スペインのレベルで公演したいですね。行く行くはスペインをベースに教授活動もできれば と思っています」

石川さんにとってフラメンコとは?

「私と一緒に歩いているもの。92年からフラメンコを追って10年間経つけど、毎年とらえ方も違うし、聴きたい音楽も違う。それがどんどん成長しているかどうかもわからない。私と一緒に泣いてくれて、私と一緒に喜んでくれて、私と同じような成長をしている何か。これが何かとは言えないけど、これからも一緒に歩いていくんじゃないかと思いますね」

取材・文/西原美知子、角田美恵子   写真(C) Paco Manzano

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