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●踊り手、森田志保の新しい試み
私が企画する最近の舞台では、実験的な取り組みを行っています。6月末に小さなフリースペースを借りて、映像、ピアノを交えた1時間強の作品をやりました。ギターとカンテも入れて。
私は今までずっとフラメンコだけでやってきたわけですが、最近は自分の表現を重視して作品に取り組んでいます。というのも、私の中にはフラメンコのみではどうしても表現しきれない部分というのがあるんですよね。その部分も出していけたらなぁ、と思っているんです。
フラメンコの必然性から自由になったとき、自分が感じたままに体を動かして表現をする、ということが可能になると思うんですよ。そういう要素を取り入れていこうと試みています。
6月にやったときはフラメンコ以外の音楽も取り入れました。音楽的なところはミュージシャンの方々にたくさんアイデアを出してもらって、その中で自分が自然にできることを模索しましたね。
創作過程はやはり、今までと違う点が多くて面白かったです。フラメンコを踊るときとは全く別の脳も使っている、そんな感覚でした。
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即興も多かったです。ここは絶対にこうきめる、という箇所ももちろんありますが、自由な部分もかなりありました。音楽も好きにアドリブでやってもらって、私もアドリブで・・・という風に。
いまの自分にできることが
見えてきた
この作品は、将来再び舞台でやりたいと思っています。自分でも手ごたえがあった作品なんですよ。いま現在の私にできることが見えてきた、と言えばいいでしょうか・・・。
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●好きなアーティスト
たくさんいすぎて、あげられません
●好きなヌメロ アレグリアス。
ここ最近自分が踊っていてしっくりくるのはソレア・ポル・ブレリア
●趣味 井の頭公園散歩
●もしフラメンコの踊り手になっていなかったら?
うーん…、和菓子職人かな?なんとなく、ですけど
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1時間ほどの長い作品ですが、その間ずっと踊っているというわけでないんです。映像、音楽、踊りの要素が交じり合った作品です。創作過程でメンバーがものすごく協力して、いろいろなアイデアを出してきてくれました。持ち寄ったものをみんなで練って、その結果として出来上がった作品なので、私だけではない、さまざまな色が出ているんです。
そういう作業がとても楽しかったですね、大変でしたけれども。決まった形があるものではないので、まさに手探り状態でした。
第一印象では「えっ?」と思うようなことでも、やっているうちに自分たちのものになっていったり、こなれていったり、ということがあるんですよ。
今後もこのような形でやっていけたらいいですね。私だけが全面に出るのではなく、一緒にやっていくメンバーのそれぞれのいいところが出て、ひとりひとりの役割がちゃんと見えるようなものを創っていきたいです。別のジャンルの方とも一緒にやっていきたいですね。
実現できればいいんですけど・・・。実は私、事務的なことがちょっと苦手なんですよ。だから、いつになってしまうことやら(笑)。でも、がんばります。
前回はすごく狭いスペースでやったので、お客さんの3分の2が立ち見になってしまったんです。上半身しか見えない、という方がほとんどでした。すごく申し訳ないことをしてしまいましたので、次回はもう少し大きなところで、と思っています。
実験的な企画だったのでちょっと腰が引けてしまい、小さなスペースを選んだんですよ。そうしたら、たくさんの方が来てくださって。嬉しい誤算?ですね。
私の体には
フラメンコが染み付いている
●表現者、森田志保
フラメンコにおける自分の表現の限界については、以前から考えていたことなんです。でも、私のベースはあくまでもフラメンコですから、まず「フラメンコを踊る」というところがきちんとしていないと、と思っていました。
そうしないと、他の要素をもってきたときに、すべて崩れてしまう危険性が高いんですよね。それと、他の要素を入れるさじ加減がすごく難しい。
精神面も重要ですね。さまざまな要素が入ってきても、フラメンコ的な部分が消えないような精神面が必要だと思うんですよ。
こういったことをずっと考えてきて、いま、うっすらとですけど自分の中で確信できるものができてきたんです。
私がすごく尊敬する踊り手さん(パフォーマンス・ダンサー)が、おととしあたりから「一緒にやらない?」と声をかけてくれるようになったんですね。彼女とはフラメンコではない舞台をやっています。そこでいろんな刺激を与えてもらったんですよ。掘り起こされ、ひき出され・・・。
彼女と一緒にやってわかったことは、たとえフラメンコではない舞台をやっても、私の体には長年やってきたフラメンコが染み付いている、ということでした。「うっすらとした確信」は、ここに由来しているんだと思います。
彼女との舞台を通して、自分の表現というものが少しずつ分かってきました。それをいま自分がやっていることと結びつけられないかな、と思ったのが新しい試みに挑戦したきっかけだったんです。
フラメンコはむき出しの踊り
そのかっこ良さを伝えていきたい
●フラメンコの魅力
フラメンコはそのままの自分をそのまま踊る、むき出しの踊りだと思うんです。それを踊るときの精神性がすごくかっこいい。中に入っていくエネルギーがものすごいんですよ。ぎゅーっと集中して凝縮して、自分の中の深いところに入っていく、それがフラメンコのかっこ良さです。
それから、他の踊りと違って、自分で音楽を創っていく要素がとても強い。そこにも惹かれましたね。

まずは「踊り手」としての森田志保がいる。
「でも、教えるのも好き」という |
●指導者、森田志保
フラメンコのこんなところがかっこいい、こんなところが素敵、というのを生徒に知ってもらいたいんです。ですから、そこをできる限り伝えるように心がけています。
基礎テクニックのクラス、振付けのクラスというのがあって、それぞれ1時間半、1時間です。基礎は足の打ち方や体の使い方、コンパスを教えます。
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振付けは、振りを踊ることではなく、ギター、カンテとのやりとりを中心に教えています。例えば、振りを覚えるのは個人でやってきてもらって、クラスでは細かいニュアンスやバックへの伝え方をやっています。最終的にひとりでソロを踊れるようになるためのクラスですね。ギターの方にも毎回来てもらっています。
いつも思うのですが、生徒のほうにイメージがないと、いくら言葉をつくして教えても伝わらないんですよ。フラメンコって、ギター、カンテ、パルマ、踊りで成り立っているものですからね。ですから、生徒にはここですべてが習えると思わないでね、と言っています。私が教えることはほんのひとにぎりのことですし、私は自分が勉強してきた範囲で生徒にアドバイス、説明してあげる役割に過ぎないんです。私が絶対的な存在だとは思わないで欲しいんですよ。
クラスでは生徒ひとりひとりの個性をひき出してあげられれば、と思っています。フラメンコはそれに尽きると思うんですよ。すごく個人的なことだと。
私のまねだけにならないよう、たくさんのスタイルの中から生徒が選択できるようにしています。
●トルニージョ
スタジオの名前をトルニージョしたのは、まず、音の響きが気に入ったからです。スペインで「トルニージョ」という名のバルを見かけたんです。あっ、かわいい響きだな、と思いました。その後、意味が「ねじ」であることを知りました。
「ねじ」っていろいろなイメージをもっていると思うんですよ。ぐるぐると続く永遠、物をしっかりと留める、小さいけれど重要、物事の基本・・・。
響きと意味の両方が気に入ってスタジオの名前にした、というわけです。
踊れるかぎり、踊りつづけていたい
●踊り手?それとも指導者?
私は踊り手です!
踊れるかぎり、踊りつづけていたいと思っています。今年はたくさん舞台に立っていますね。いつまで踊っていられるかわかりませんから(笑)。
もう10年以上フラメンコをやっていますが、ここまで続けてきたのは好きだから、ただそれだけなんでしょうね。でも、まだまだ理解が浅いですよ。嫌になります。嫌になる、という気持ちと好き、という気持ちがいつもせめぎ合っていますね。
教えるのも好きですね。勉強になりますよ。いろいろな方が来るので、人の輪も広がりますし。楽しいです。昨日もレッスンの後、みんなとここ(スタジオ)で飲んでいて、実は二日酔い気味。。。(笑)
●次回のライブ
麻布で10月9、10日にショーがあります。内容はまだはっきり決まってはいませんが、フラメンコのショーです。メンバーは踊り手が私と吉田光一くん、ギターは柴田亮太郎くん、カンテは今枝友加さんです。
場所は以前マハラジャ(ディスコ)があったところなんですよ。今はレストランバーになっています。今回はレストランの企画なんです。スペインワイン、シェリーの品揃えが豊富なお店なので、お酒とお料理を楽しみながらショーを見ていただく、という趣旨のものです。皆さん、ぜひいらしてください。
取材・文 轟 志津香
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