教えることって、難しい半面、思っていた以上に楽しいですね。いま公開レッスンに来てくれている人たちは、フラメンコ経験者からまったく初めての人、他ジャンルの踊りをやっていた人などいろいろですが、自分でクラスを持ったら、基礎的なことを大切に、「かたちだけではないフラメンコ」を伝えていきたいと思っています。
フラメンコの踊りは、動きに一人ひとりの個性が出て、そこがおもしろいと思うんです。感じ方は人それぞれだし、大切なのはテクニックじゃない、リズムなんだということを、僕なりに伝えていきたい。これは今回の留学で、特にトロンボから学んだことなのですが、このことが僕の座標軸のようになっているんです。振付はまだ教えることができないけれど、僕のフラメンコへの思い、大切にしていることを、少しでも分かってもらえたらと思っています。
あと、「唄を大事にした踊り」を追求していきたいです。僕は唄もやるのですが、フラメンコはやはり、唄があってギターがあって、そして踊りがある。僕自身、唄をよく聴いて、その唄にのっとって踊ることを心掛けているし、そのことを生徒といっしょに追求していきたいと思っています。とにかくこれからは、日本に腰を落ち着けてフラメンコに取り組んでいくつもりです。現地で知り合った妻が11月にバレンシアから東京に来るし、生まれて10ヵ月の子どももいますから、頑張らないといけないんですよ。
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| 好きなアーティストはトロンボ、ファルキート、ファラオーナ。みんなファルーコに学び、そのスタイルを貫いている人たちです。特にトロンボには留学時代、フラメンコ感が変わるほどのことを学びました。 |
12歳で単身スペインへ
「サッカーをしに、バレンシアに」
日本でフラメンコと向き合って生きていく、なんて言っていますが、実は僕は、生まれて気がついたらフラメンコがある環境に育ちながら、フラメンコにはまったく関心がなかったんですよ。
自分で希望して、スペインの中学、高校に進んだのですが、これはフラメンコではなく、サッカー選手になるため。学校もバレンシアにあり、そもそもフラメンコは一般的ではない土地柄ですから、本当にフラメンコとの接点はまったくありませんでした。アンダルシアには一度も行かなかったですしね(笑)。
結局、6年間バレンシアにいて日本に帰ってきたのですが、その後はずっとフリーターの生活で、相変わらずフラメンコには関心なし。そんな僕でしたが、母(鈴木真澄さん)は何も言わなかったですね。その後、母の知己で京都の「パティオ・マジョール」というタブラオを紹介され、フロアマネージャーになったのですが、フラメンコに関わる仕事をしていながら、依然フラメンコには興味がわかなかったです。踊りを見ても何とも思わなかったですよ(笑)。
ある日、東京から来た男性舞踊手が店で踊ったんです。ベニート・ガルシアです。その踊りを見て、僕のフラメンコへの思いが一気にこみあげてきました。いま思えば、それまでは女性の踊りしか見ていなかったので、それであまり身近に思えなかったのかもしれません。とにかくフラメンコの踊りを習おうと思いました。京都には2年いたのですが、東京に戻ってから母とベニートに習い始めたんです。21歳のときです。まだフリーターで、フラメンコをずっと続けようとか、そういうことは考えていませんでした。
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| 踊りにおいては「男らしく、力強く」ということを心掛けています。これはファルキートの踊りを見て学んだことです。 |
トロンボの一言がフラメンコ感を変えた
転機となったのは、その後、妹(三枝麻衣さん)と渡西したときかな。今度はサッカーではなくフラメンコを学ぶためです(笑)。セビージャでした。そこでファルキートのクルシージョを受けて、そのときに、フラメンコを一生やりたいと思うようになりました。彼の男らしいマッチョな踊り、力強い踊りにすっかり魅せられたんです。
ただ、当時の僕は踊りにおいて表面的なことしか意識していなかった。これは、その後の2度目のフラメンコ留学(文化庁新進芸術家海外留学派遣)でトロンボに師事したとき、もろくも崩れました。「おまえは外見ばかり気にしている。フラメンコで大切なのはそんなことじゃない。大切なのはリズムだ。いかにコンパスを感じ取って体を動かすかなんだ」と、指摘されたんです。
たしかにそれまでは、どうしたらカッコよく踊れるかとか、振付のことばかり気にしていました。トロンボの指導で、本当に僕のフラメンコ感が変わったし、それがいまの僕の踊り、フラメンコへの考え方の基礎となっています。これから日本で、僕はこのことを心掛けて踊り、人にも伝えていきたい。もっとも大切なのは「五感」なんだということを。
いまライブの仕事をたくさんいただいていますけど、楽しいですね。これから、自分の踊りにもどんどん磨きをかけていきたいです。それと、フラメンコの芸術としてのすごさ、楽しさを日本の若い人たちに伝えていきたい。日本でヒップホップが好きな人は多いですが、これだって黒人の間でストリートから生まれたもので、ジプシーから生まれたフラメンコとは共通点がある。歌があってダンスがあって。ヒップホップに憧れる人たちにブレリアを教えて、みんなで踊れたら楽しいだろうなぁと思います。そんなことも考えているんですよ。
いまは踊り手としてまだまだまだ!ですが、目標は、スペイン人に「おまえはフラメンコだ」と言われる踊りをすることです。そのためにも、コンパス感をもっともっと磨いていきたい。そして、自分のスタイルを持った踊り手になりたい。たぶん、これは一生をかけて探すことになると思いますけど。
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| 自分の子どもがフラメンコをやるようになったら、曾祖母から数えて五世代続くフラメンコファミリーになります。まだわかりませんけど。 |
取材・文 藤戸良彦
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