第63回

三枝雄輔さん


 今年8月に2年間のスペイン留学を終えて帰国した三枝雄輔さん。ライブ出演など、すでに活発な活動を行っているが、12月からは、フラメンコスタジオ・マジョールで初めて自らのクラスを担当。指導者としての第一歩も踏み出そうとしている。インタビューは11月中旬、初のクラス開講に先立っての公開レッスンを行っている合間だった。


三枝雄輔さんの新設クラスは
2008年12月からフラメンコスタジオ マジョールで開講
水曜14:00〜15:00
木曜11:00〜12:00
金曜21:00〜22:00
詳細・お問い合わせはこちら


教えることって、難しい半面、思っていた以上に楽しいですね。いま公開レッスンに来てくれている人たちは、フラメンコ経験者からまったく初めての人、他ジャンルの踊りをやっていた人などいろいろですが、自分でクラスを持ったら、基礎的なことを大切に、「かたちだけではないフラメンコ」を伝えていきたいと思っています。

フラメンコの踊りは、動きに一人ひとりの個性が出て、そこがおもしろいと思うんです。感じ方は人それぞれだし、大切なのはテクニックじゃない、リズムなんだということを、僕なりに伝えていきたい。これは今回の留学で、特にトロンボから学んだことなのですが、このことが僕の座標軸のようになっているんです。振付はまだ教えることができないけれど、僕のフラメンコへの思い、大切にしていることを、少しでも分かってもらえたらと思っています。

あと、「唄を大事にした踊り」を追求していきたいです。僕は唄もやるのですが、フラメンコはやはり、唄があってギターがあって、そして踊りがある。僕自身、唄をよく聴いて、その唄にのっとって踊ることを心掛けているし、そのことを生徒といっしょに追求していきたいと思っています。とにかくこれからは、日本に腰を落ち着けてフラメンコに取り組んでいくつもりです。現地で知り合った妻が11月にバレンシアから東京に来るし、生まれて10ヵ月の子どももいますから、頑張らないといけないんですよ。

 

好きなアーティストはトロンボ、ファルキート、ファラオーナ。みんなファルーコに学び、そのスタイルを貫いている人たちです。特にトロンボには留学時代、フラメンコ感が変わるほどのことを学びました。

 

12歳で単身スペインへ
「サッカーをしに、バレンシアに」

日本でフラメンコと向き合って生きていく、なんて言っていますが、実は僕は、生まれて気がついたらフラメンコがある環境に育ちながら、フラメンコにはまったく関心がなかったんですよ。

自分で希望して、スペインの中学、高校に進んだのですが、これはフラメンコではなく、サッカー選手になるため。学校もバレンシアにあり、そもそもフラメンコは一般的ではない土地柄ですから、本当にフラメンコとの接点はまったくありませんでした。アンダルシアには一度も行かなかったですしね(笑)。

結局、6年間バレンシアにいて日本に帰ってきたのですが、その後はずっとフリーターの生活で、相変わらずフラメンコには関心なし。そんな僕でしたが、母(鈴木真澄さん)は何も言わなかったですね。その後、母の知己で京都の「パティオ・マジョール」というタブラオを紹介され、フロアマネージャーになったのですが、フラメンコに関わる仕事をしていながら、依然フラメンコには興味がわかなかったです。踊りを見ても何とも思わなかったですよ(笑)。

ある日、東京から来た男性舞踊手が店で踊ったんです。ベニート・ガルシアです。その踊りを見て、僕のフラメンコへの思いが一気にこみあげてきました。いま思えば、それまでは女性の踊りしか見ていなかったので、それであまり身近に思えなかったのかもしれません。とにかくフラメンコの踊りを習おうと思いました。京都には2年いたのですが、東京に戻ってから母とベニートに習い始めたんです。21歳のときです。まだフリーターで、フラメンコをずっと続けようとか、そういうことは考えていませんでした。

 

踊りにおいては「男らしく、力強く」ということを心掛けています。これはファルキートの踊りを見て学んだことです。

 

トロンボの一言がフラメンコ感を変えた

転機となったのは、その後、妹(三枝麻衣さん)と渡西したときかな。今度はサッカーではなくフラメンコを学ぶためです(笑)。セビージャでした。そこでファルキートのクルシージョを受けて、そのときに、フラメンコを一生やりたいと思うようになりました。彼の男らしいマッチョな踊り、力強い踊りにすっかり魅せられたんです。

ただ、当時の僕は踊りにおいて表面的なことしか意識していなかった。これは、その後の2度目のフラメンコ留学(文化庁新進芸術家海外留学派遣)でトロンボに師事したとき、もろくも崩れました。「おまえは外見ばかり気にしている。フラメンコで大切なのはそんなことじゃない。大切なのはリズムだ。いかにコンパスを感じ取って体を動かすかなんだ」と、指摘されたんです。

たしかにそれまでは、どうしたらカッコよく踊れるかとか、振付のことばかり気にしていました。トロンボの指導で、本当に僕のフラメンコ感が変わったし、それがいまの僕の踊り、フラメンコへの考え方の基礎となっています。これから日本で、僕はこのことを心掛けて踊り、人にも伝えていきたい。もっとも大切なのは「五感」なんだということを。

いまライブの仕事をたくさんいただいていますけど、楽しいですね。これから、自分の踊りにもどんどん磨きをかけていきたいです。それと、フラメンコの芸術としてのすごさ、楽しさを日本の若い人たちに伝えていきたい。日本でヒップホップが好きな人は多いですが、これだって黒人の間でストリートから生まれたもので、ジプシーから生まれたフラメンコとは共通点がある。歌があってダンスがあって。ヒップホップに憧れる人たちにブレリアを教えて、みんなで踊れたら楽しいだろうなぁと思います。そんなことも考えているんですよ。

いまは踊り手としてまだまだまだ!ですが、目標は、スペイン人に「おまえはフラメンコだ」と言われる踊りをすることです。そのためにも、コンパス感をもっともっと磨いていきたい。そして、自分のスタイルを持った踊り手になりたい。たぶん、これは一生をかけて探すことになると思いますけど。


自分の子どもがフラメンコをやるようになったら、曾祖母から数えて五世代続くフラメンコファミリーになります。まだわかりませんけど。

 

取材・文 藤戸良彦





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