私の教室は、レッスンの時間は平日の午前中から午後3時にかけて。金曜、土曜は夕方まで行いますが、これまでは、いちばん遅くても6時半まででした。
日曜はお休み。今は何とか火曜と水曜に夜のクラスを設けましたが、フラメンコ教室としては異色かもしれません。私自身、まだ育児に追われていて、なかなか夕方以降や日曜の時間が取れないんです。よく問い合わせをいただき、私としてもクラスを作りたいのですが、事情を説明して待っていただいている状況です。
95年にスタジオを開設して間もなく結婚し、1年後に最初の子が生まれたものですから、ずっとこういう状態です。船橋周辺はカルチャーを除けばフラメンコ教室が少なく、地元で習いたいという人も多いようなのですが、今はまだ、できる限り自分のできる範囲でやらないと、いろんなことが崩れてしまう気がするんです。
ですから、生徒は平日の日中にフラメンコが習える人、つまり私と同じような境遇の人が多いです。主婦で、子育てに忙しいというような。その意味では、逆に私の方もすごく勉強になります。
スタジオは京成津田沼駅からバスで3つ目と、決して便利な場所ではないのですが、多くの人が時間をやりくりしながら、一生懸命、フラメンコを続けています。千葉県でもかなり遠くから通っている人も多く、ああ、フラメンコを習いたい人がこんなにいるんだと励みにもなります。
なぜか車で通う人が多いんですよ。駐車場があるわけではないのですが、皆さん、自分の駐車場所はしっかり見つけているようです(笑)。
若さと勢いで行ってしまったスペイン
私がフラメンコを始めたのは、姉が半年ほど早く習い始めて、見学に行ったのがきっかけでした。池袋の佐藤佑子先生のスタジオ。ビルの地下2階にあるスタジオの扉を開いたその瞬間に、ああ、私はフラメンコをずっとやっていくんだ、フラメンコで生きていくんだと感じたのを覚えています。
それ以来、私としてはただ好きなフラメンコをずっと続けてきただけという思いがあるんです。迷ったことはないですね。もう、そうやって生きていくんだという信念みたいものがありましたから(笑)。
とはいっても、何度か挫折は経験しました。先生が止めるのを聞かず、若さだけ、勢いだけで行ってしまったスペイン。できると思っていたことができず、もう毎日がショックの連続でした。現地で悶々とした日々を送ったことは、今にして思えば本当につらかったです。
最低1年という目標があったので、1年経つ頃に親に電話したら、「1年くらいで身につくわけない」と言われ、それならと結局2年半いたのですが、これが結果的には良かったと思います。
ずっとセビージャにいて、その後、マドリッドに行ったのですが、思うような成果を得られず、落ち込んだ気持ちでまたセビージャへ。でも、戻ってきたときに、なぜかすごくリラックスできたんです。
そうした時期に見たサラ・バラスの公演は、本当に私にとって衝撃でした。初めて佐藤佑子先生のスタジオを訪れたときのような。私がやりたかったのはサラのような踊りなんだと気がついたんです。まさに一筋の光明が差したような思いでした。
当時の彼女の踊りは、決して都会的ではないけれど洗練されていて、すごくキラキラしていて素敵だった。その後、彼女も変化したけれど、今も舞台づくりのセンスは好きです。
もしもあのとき、サラに出会っていなかったら、違うフラメンコ人生を歩んでいたかもしれません。サラは、それほど私がもっとも影響を受けたアーティストといっても過言ではありません。
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| スペイン留学時代。「いろいろとショックなことはありましたが、日本にいては得られないことが体にしみついたと思います」 |
これが私のフラメンコ人生
帰国後に教室を開いたまでは良かったのですが、ずっと、生徒は3〜5人。結婚して子どもが生まれ、私としてもそれほどクラス運営に力を入れられなかったのですが、やがてカルチャーで教え始めてからは、生徒も少しずつ増え出しました。
いまは千葉県内の、あまり電車の便の良くないところのカルチャーでも教えているのですが、そこまででさえ、やっとの思いで出てきて習っている人も大勢いるんですよ。私が好きなフラメンコを好きな人が、千葉周辺にもこんなにいるんだと思うと、何かすごく感じるものがあります。
東京でもクラスを持てば?と言われることもありますが、私としては、生まれ育った千葉県への感謝の気持ちもあって、できるかぎり地元の人たちに教えていきたい。今後も地元重視の姿勢を続けていくつもりです。目標は、駅の近くにスタジオを持つこと。子育てがひと段落したら、クラスの時間ももっと多く作って、より多くの地元の人にフラメンコを教えたいと思っているんです。
私自身の踊りも充電中で、一昨年のスペイン留学をきっかけに、踊りを通して伝えたいこと、表現したいことが湧き上がってきており、近いうちにまたリサイタルを開催したいと考えています。ライブにももっと多く出たいのですが、どうしても時間が作れず、いまのところは地元船橋のスペインレストランが中心。でも、今はこれが精一杯です。
フラメンコと出会って20年。どっぷりとフラメンコに浸れない自分が時々もどかしくもなりますが、今はそれらを受け入れられるようになりました。これが私自身であり、私のフラメンコ、私のフラメンコ人生なのですから。
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| 「きれいに、雰囲気だけで踊るのは好きじゃないんです。歌とギターをきちんと聴いて、曲の性格を把握したうえで踊れるような指導を心掛けています」 |
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