発表会は1年から1年半に1回のペースで行なっています。1989年から15回目の主催の舞台ですが、毎回充実した内容を目指しており、発表会と公演を兼ねたもの、あるいはその中間という感じ。毎回、違う趣向で見応えのある舞台を心がけています。
前回はファルーカを振付けて「ウェストサイド・ストーリー」の雰囲気でチンピラのスタイルで踊り、若い男性にも「カッコいい」と好評でした。今年は上級クラスの生徒がソレアとティエントスを踊るのですが、これはあえて私を通さず、スペイン人の振り付けそのままにどこまで踊れるか、という新しい試みです。
もちろん、唄やギターのファルセータに合わせて手直しし、群舞への構成もしていますが、生徒たちがスペイン人の振付者の表現をどこまで自分のものとして吸収できるかの挑戦です。
| 今回も出演する生徒は20代から30代前半のOLが中心ですが、主婦や小学生・大学生、それに男性も出演します。衣装はレンタルで、「お金をかけない」という方針なのですが、それでもセンスのいい新しい衣裳を集めたので楽しめると思います。いつも構成・演出・照明に凝っているのですが、今回の照明はまた違ったテイストになると思うので、こちらも期待しています。 |
前回の発表会で。ファルーカと対照的に華やかなグァヒーラ
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幕開けのタンゴからお見逃しなく!出演する生徒が順番に出てきて並んでただ踊るというよくある発表会のスタイルとは全く違いますから、見に来てくださるお客様にも充分楽しんでいただけると思います。
自己表現の場を求めて出会ったフラメンコ
私は大学を卒業してから国際会議の事務局などで働いていたんです。でも、裏方の仕事は私には向かないとすぐに気づきました(笑)。もっと自分を表現することをしたい、そう思っていろいろなことにトライした時期があったのですが、3歳の時からモダンバレエを習っていたので、やっぱりバレエかなと思って近くのスタジオに見学に行ったら、バレエのレッスンの後に聞いたこともない音楽がかかって、それに合わせて何人かが踊り始めたんですね。
その瞬間に、「これだ!これで一生やっていける」と思いました。あとから考えると、それがセビジャーナスでした。モダンバレエのことはもうすっかり忘れ、その場で翌週からの個人レッスンをお願いしていました。当時はまだスペイン舞踊だけを教える所が少なくて、バレエの先生が教えたりしていたんですよ。
発表会でソロや先生(男性)とパレハを踊ったりしていたのですが、その後スタジオが遠方に移転したこともあって、佐藤佑子先生のスタジオに通うことになりました。そこでコンパスというものを初めて知ったのです。

84年の“子連れ留学”マノロのスタジオ帰り、バールの前で。「これを皮切りに多くのスペイン人アーティストに接して来ましたが、現在尊敬するのはエヴァ・ジェルバブエナとホァン・アンドレス・マジャ。エヴァの研究熱心さとホァンの毎回命を削るかの如くに踊るさまに立ち会うと心打たれます」 |
スペインで今フラメンコがどんなふうに踊られているのかが知りたくて、数ヵ月後の1984年秋、当時5歳の子どもを連れて、矢も盾もたまらず“スペイン子連れ留学”なるものも果たしました。この時はセビージャでマノロ・マリンに、マドリッドではアモール・デ・ディオス(前の前のスタジオでしょうか)で学びました。 |
でも、貪欲にフラメンコを追及してはいましたが、あくまでも“趣味”としてのこと。当時は自分で英語教室を開いていましたが、まさかフラメンコが仕事になるとは思ってもいませんでした。
練習の場がほしくてカルチャーセンターで教え始める
転機は子どもが小学校に入ってから。子どもが幼稚園の時より早く学校から帰って来るようになり、預ける先もなくて、どうしても近くに自分の練習の場がほしくなったんです。それで、カルチャーセンターでセビジャーナスを教え始めました。これが私の指導歴の始まりです。教えるということより、自分の練習の場がほしいというのが本音でしたね。
やがて生徒の希望に沿う形でアレグリアスなども教え始め、最初の10年は貸しスタジオで指導を行っていましたが、生徒の数も徐々に増えて、やがて自宅近くに今のスタジオを持つことができました。このスタジオで教え始めて来年で10年。生徒の中には、私がここで教える始める前からの、つまり10年以上在籍している人もいるんですよ。
指導者としては「優しく、厳しい先生」かしら。フラメンコはおろか踊りも初めてという人がほとんどなので、最初はフラメンコの決まりごとがきちんと自分の体に身につくように教えます。
まずはコンパスですね。サパテアードもコンパス中心にやります。同時に重心の取り方と軸を作っての移動。それから踊りは背中で踊るもの。とかく手先ばかりが気になるようですが、この辺りのことも追い追い練習します。そして大切なのは唄やギターをよく聴いて踊ること。単に伴奏ではないのですがこれが本当にわかって来るには時間と経験が必要なようですね。
場所柄、生徒は東京に通勤するOLが大半で、忙しくて休んだ時には他の曜日に振り替えできる制度もあります。入門クラスの月曜はミセスを、土曜は子どもも男性も歓迎しています。教室の雰囲気としては皆、仲がいいし、自分たちで自習するだけでなく一緒にスペインに留学したり温泉にまで行ったりと羨ましいくらい。スペイン人のクルシージョへの参加も勧めていますし、かなり自由な、のびのびした空気だと思います。
来年は節目の舞踊生活30周年
発表会では私自身、ソレアとタラントを踊ります。特に最後に踊るソレアは最も好きな振りで、これまでにも何度か練り直しつつ踊ってきましたが、今回は集大成とも言えるものに仕上がりました。
昔、碇山奈奈さんの所でマノレーテのクラスを受け、とても勉強になりましたが、彼のソレアがベースになっています。見てくださった方に「哲学的・思索的というか、思想性を感じた」という評価をいただきました。
| 私にとってはフラメンコ=表現。単にフラメンコを踊るというより、見てくださる方にフラメンコを通して何を伝えられるか、何を感じていただけるか、ということが主眼。言葉で表現しきれないものをどれだけ深く表現できるのか。生徒にも「フラメンコを知ることは大事。その上で振付けられたものをただ踊るのではなく、自分の表現として踊ること」を目差すように言っています。永遠の課題ですね。 来年は指導を始めてちょうど20年。私の舞踊生活も30年と、節目の年になります。いろんな刺激を受けて、新しい視野が開ければいいな、と思っています。 |

95年、20周年記念の公演にはラファエル・アマルゴを招聘。息の合ったパレハを披露した。ラファエルはその後スペインで大活躍し、今秋には自分の舞踊団を率いて日本公演を行なう予定 |
取材・文 藤戸良彦
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