この10年、毎回意欲的な公演に取り組んできた岩崎恭子さんが、「私の人生を変えたフラメンコの師」と仰ぐパコ・フェルナンデスの追悼公演を行う。その出会いから現在の思い、公演の内容について語っていただいた。

岩崎恭子フラメンコ舞踊団公演
「Homenaje A Paco Fernandez」は
10月17日(金)19時から
六本木・俳優座劇場で
詳細・お問い合わせはこちら


93年第2回リサイタル。右がパコ・フェルナンデス


 

 10月の公演は、私のフラメンコ人生に大きな影響を与えた人、去年の9月13日に亡くなった振付家のパコ・フェルナンデスの追悼公演なんです。

 当初は、追悼公演の実現は2、3年をかけてじっくり取り組むつもりでした。スペイン在住の舞踊家、テレサ西塚さんをはじめ、パコのフラメンコを愛している日本人は大勢いますから、その方たちといっしょに、と思っていたんです。

 でも、パコが亡くなって1年が経過し、いまだに何もやらないというのは気持ちが落ち着かなくて。とにかく小さい規模でもいいから、いまの私にできる範囲のことをやろうと思って、今回はとりあえず私と私の舞踊団の公演として行うことに、この夏に決めたばかりなんです。生徒の中にも以前、パコの指導を受けた者がいて、今回、舞踊団として出演するんですよ。

偶然の出会いから、生涯の師に

 パコ・フェルナンデスという人は、私にとってはそれはもう、すばらしい先生であり、振付家です。出会いは本当に偶然。初めて訪れたスペイン、マドリッドのアモール・デ・ディオスで、私は有名なマリア・マグダレナのクラスを受けようと思っていたのに、受付の人に部屋の番号を間違えて紹介されて、知らない男性の先生の教室に入ってしまったんです。

98年2月に来日クルシージョを行ったパコ・フェルナンデスを囲んで。「このとき、彼はすでに75歳でしたが、ダンディで颯爽としていて、女性ファンが多かったですよ」(岩崎さん)

 ちょうどその日から教室が変わったと知ったのは後のこと。そして、そこで指導していた男性こそが、アントニオ・ガデスに招かれて当時、設立されたばかりのスペイン国立舞踊団の振付を務めた、スペインでも振付の第一人者であるパコ・フェルナンデスだったのです。

 レッスンを見学したときから、私はパコのフラメンコにすごく感動して、結局、ずっと彼の指導を受けることになりました。余談ですが、見学したとき、生徒の一人としてベレン・マジャの母であるカルメン・モーラがいました。アレグリアスのSilencioを踊っているカルメンの美しさ、表情が、いまも鮮やかに記憶として残っています。そして、このときからパコと私の交流が始まり、彼は私の招きで2回も日本に来てくれたんです。

 初めて招いたのは93年。彼はすごく気難しくナイーブな人だったので、日本に招くことに迷いはあったのですが、私にとって、パコといっしょにリサイタルを開くということは、プロの踊り手として避けては通れないという思いでしたし、もう一大決心でした。いろいろとぶつかり合いもありましたが、彼はすばらしい仕事をしてくれましたよ。

 パコはフラメンコの土台というか、根っこの部分をすごく大切にし、踊りにおいては究極の美しさを兼ね備えた人。私にとって、彼に教わった振付は宝石のようなものです。20年以上たったいまでも、それは難しいけれど、フラメンコを続けていくかぎり、永遠の課題を残されたという思いです。宝石を壊すことのないように、今度の公演を成功させたいと思っています。舞台では、パコのマドリッドのスタジオ・ナッチョでのレッスン風景がパネルやビデオでご覧いただけます。そして彼への献花から舞台が始まる予定なんですよ。

振付が難しく、スペイン滞在が6年に


ドミンゴ・オルテガ(左)
 私がフラメンコを始めたのは、それまでクラシックバレエをしていて、ある舞踊団のオーディションに落ちたのがきっかけでした。すごく落ち込みましたよ。人生で初めて味わう挫折だったかもしれません。すでに大学を卒業して就職していたのですが、バレエをやめて急激に太りだしたものですから、それでフラメンコを始めたんです。

 4年間、日本で会社勤めをしながらフラメンコを学んで、その後、スペインに行ったのですが、そのときは私、すでに結婚していたんです。1年で日本に帰ると言っていたのですが、最初にお話したように、パコに習うのに必死だったものですから、結局、スペイン滞在は6年。その間に離婚もしたのですが、それでも、どうしても彼のフラメンコを習得したかったんです。

 彼は、まさしく私の人生を変えた人。私の人生をフラメンコに引き寄せた人です。特にこの10年は、私がスペインに行くたびに、パコとマドリッドの日本食レストランで食事するのが大きな楽しみの一つだったのですが、いまはもうパコがいないので、マドリッドに行くのが怖い心境です。でも、パコの作品がいくつも残っているから、寂しくはない。今度の公演でも、パコに振付けてもらった踊りを2曲踊るんですよ。

 また、公演の舞台では9月23日から来日クルシージョを行うドミンゴ・オルテガの振付も入ります。彼もまた、高いレベルの舞踊の技術を持ちながら、相手に応じて指導の仕方を変えられる人。今回で4回目の来日クルシージョとなります。曲目はソレアレスとソロンゴ。どちらも中・上級者対象です。前回好評だったソロンゴは、今回も同じ内容です。
 
 パコに教わったように、私もふだんのレッスンではフラメンコの土台、根っこになるものを教えるようにしています。地に足がついて、腰がすわっている踊りというか。だれもが"ミニ岩崎恭子"になるのは気持ち悪いです(笑)。最終的に、生徒一人ひとりがそれぞれの花を咲かせてほしいと思っています。

 来年以降は、創作フラメンコにも取り組みたいと思っています。タブラオでのライブにも出演するし、劇場公演にも取り組みたい。落語家に例えるのも変ですが、古典落語も愛しているし、新作も好き、といった心境です。パコの死を乗り越えつつあるいま、私にとっては、いままた充実期といえるかもしれません。

「いまが充実期」と語る岩崎さん


取材・文 藤戸良彦