後進の指導に力を入れる一方、ライブ活動も活発に行う鬼本由美さん。いま脂が乗り切っている感がある鬼本さんに、直前に迫った発表会のこと、教室での指導のことなどをうかがった。

鬼本由美フラメンコ舞踊教室
第3回発表会は
2月1日(土)・2日(日)13時から
新宿エル・フラメンコで
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 発表会は約3年ぶりです。今回は生徒の方から強い要望があって、私もそれに応えたという感じ。私自身、ライブ出演の機会が多く、みんなよく見に来てくれるのですが、そのことも「私たちも踊りたい」という意欲につながったみたいですね。

 会場はいつも新宿のエル・フラメンコを使わせていただくんです。大きな会場でやるよりも、ちょうどライブハウスのような大きさと雰囲気で、踊る側としてもテンションが高まりますからね。特にソロを踊る人はエネルギーを出せると思うんです。それとステージの広さの関係で、ふだんクラスで練習するときより少人数で踊れるのが、生徒にとっては魅力だと思います。

 今回の出演者は2日間で延べ48人。入って間がない入門クラスの人も出ます。前が25人くらいだったから、そう考えると、ずいぶん生徒が増えたなあという感じですね。最近は踊りの経験のある人が入ってくるケースも多いです。いまだかつてない大所帯になりましたが、今もほぼ全クラスを自分で教えています。

好評の「基本オープンクラス」

 ライブにもよく出演させていただいていますが、踊ることと教えることというのは、同じフラメンコでもベクトルが全然別方向なんですよ。今は生徒数も増えたので、どちらかというと"先生"としてのウェイトが高くなりつつあります。

 私の教室の特徴として、「基本オープンクラス」が挙げられます。これは、ビジターの方も参加できる、1回ごとに完結するレッスン。"テクニカ+一振り"を指導しています。ビジター、特に経験者の参加も多いですよ。

 ふだんのレッスンは1時間半。半分は基礎をやります。私はいまバレエのレッスンを受けているのですが、それをヒントに得た体づくりに力を入れています。いくらフラメンコに思い入れがあっても、体ができていないと踊れませんからね。フラメンコ以前の体づくりを欠かさないように、と思っているんです。

 あとは「音」。コンパス感ですね。先生とギターの人に"踊らせてもらう"のではなく、自分で音を作ってリズムを展開していけるようになることが大切だと思っています。そのために、パルマの練習にも力を入れているんですよ。


好きなアーティストはイサベル・バジョンとジェルバブエナ。テクニックがあるのに、踊りに女性らしさが失われることがないから。特にイサベルは、フラメンコでありながら踊りがさりげなくて好き。いまの私の目標です。好きなヌメロはいまはソレア、アレグリアス、ティエントス。好きな男性?サッカーのオリバー・カーン!

 フラメンコは"瞬間"を作るもの。いかにエネルギーを集中して踊り、その"瞬間"を作れるかが大切です。そういうことって、受け身ではダメなんです。だからそのことに気づいて、フラメンコの奥の深さに貪欲にのめりこんでいった人というのは、すごく上達しますね。

大学で"孤立"してもフラメンコを続けた

 私とフラメンコの出会いは、バレエを習っていた幼稚園のとき。発表会の最後に先生方が踊られたのを見たのが最初でした。子どものころはその残像がずっとあったのですが、高校生のときに偶然、2つのフラメンコ公演を見たんです。マリオ・マヤ舞踊団の「アイ・ホンド」と、日本人による公演。碇山奈奈さん、東仲一矩さんが出演されていました。

 私の出身地である神戸では、当時フラメンコを見る機会はほとんどなかったのに、2回も続けて見たのですから、すごい経験でした。それ以来、"フラメンコ"の文字が自分の中に刻み込まれ、大学入学後の20歳のときに、ついに踊りを習い始めたんです。


踊りをやっていなかったら、カンテをめざしていたかも。フラメンコをやっていなかったら?スペイン語を生かした仕事に就いて、スペインに住んでいたと思います。
 外国語を勉強しようと入った大学ではフランス語専攻だったのですが、日増しにスペインへの興味が膨らんだのと、将来はスペインに行くつもりでいたので、途中でスペイン語専攻に転科しました。

 カトリック系の大学だったのですが、当時は"フラメンコを習っている"というと、かなり白い目で見られましたね。"フラメンコはヒターノのもの"という認識が一般的だったですから。

 大学にはフラメンコ仲間はだれもいなかったので、必然的にプロの方たちと接触する機会が増え、気がついたらいろいろな場所で一緒に踊るようになっていました。セビジャーナスとか、ブレリアとか。いま考えたら恐ろしいこと(笑)。でも、当時は怖いもの知らずでしたから。

 結局、卒業後も就職はせず、ひたすらアルバイトとレッスンに励みました。クラスで就職しなかったのは二人だけでしたね(笑)。

生徒たちと"ミニ・コンサート"を開きたい

 大学を卒業した次の年に初めてスペインに行ったのですけど、本格的なフラメンコ留学は卒業後の90〜91年にかけて。主にマドリッドのアモール・デ・ディオスで学びました。下町の風情があって、とても好きなところ。いまもスペインを訪れると必ず寄るんですよ。

 プロ活動を始めて15年になりますが、本当にあっという間でした。私自身、まだまだ貪欲にフラメンコを追求していきたいと思っています。

 20代のころは今よりも体力も勢いもあったし、新しい踊りを自分の中に取り入れてはすぐに出す、ということの連続でしたが、いまは自分の中であたためる時間を大切にしています。自分の中でブレンドしてから出す、という感じですね。

 足の動きなど、新しいものを追いかけた時期もありましたが、最近は足よりも体づかいや手の動きといったことを重視するようになりました。

 今後の夢?今回、こうして生徒からの動きがあって発表会が実現するわけですけど、これをきっかけに、発表会というかたちではなく、少人数の教え子たちとの小さなコンサートを開けたらいいなと思っています。やはり劇場のような大きな会場ではなく、ライブハウスのようなところで。そう遠くないうちにやりたいな、と。そう思っています。


取材・文 藤戸良彦