小学校時代からフラメンコを踊り続け、現在、日本とスペイン両国での舞踊活動で活躍する石井智子さん。一方で後進の指導においても、銀座の教室が大人気。2003年も注目したい人だ。




14歳から小松原庸子スペイン舞踊研究所で学び、十数年間、同舞踊団で活躍。87年「第1回コンクルソ・デ・アルテ・フラメンコ東京」で優勝。89年、舞踊団20周年記念公演「恋は魔術師」の主役に抜擢される。92年村松賞を受賞、93年現代舞踊協会河上鈴子スペイン舞踊新人賞を受賞。95年に独立し、同舞踊団公演での客演のほか後進の指導にも力を注ぐ。スペインでの公演にもたびたび出演し、高い評価を受けている。(写真は02年1月新国立劇場での「大地と炎」でのステージ)


 

小学生の時に「フラメンコでやっていく」ことを決意

 子どものころは体が弱く、喘息気味だったんです。それで何か運動をということで、クラシックバレエを習うようになりました。5才の時です。

 そのバレエの先生は、フラメンコも教えていらっしゃったんです。それがフラメンコを踊るようになった最初です。私は身長があってバレエには向かないと思っていましたし、すでに小学生のときから、スペインに行ってフラメンコを勉強したいと考えていました(笑)。個人レッスンから団体レッスンまで、"踊りづけ"の毎日だったですね。将来はフラメンコでやっていこうと決めていたんです。

 14才の時に小松原庸子先生に師事したのですが、この時はもう、完全に自分の道を決めていました。入って2、3ヵ月して舞台に立たせていただいたり、高校2年のときに舞踊団の公演でスペインに行かせていただいたりしたのですけれど、それでもう、ますますフラメンコに夢中になったのを覚えています。私にとって、フラメンコって、やればやるほど奥深さが見えてくるんです。同じ曲でもギターや唄によって、また違ってくるし。そこが楽しいところだと思うんです。

 高校生のとき、同年代のスペイン人の踊りを目の当たりにした時は、それはもう、たいへんな驚きでしたね。こんなに若いのに何でこんな踊りができるんだろう、と。

 でも、私は私で自分なりの踊りをやっていくしかないと思っているんです。大学ではモダンダンスを学んだのですが、今の私にとって、特に創作舞踊に関してはその時に勉強したことが役立っていると思います。理論的なことや構成の仕方についても、また、クラシックバレエやスペインに行って学んだことなども、いろいろなことの積み重ねが大切だと思って、私なりにフラメンコに取り組んできました。舞踊家としても、そして教える立場としても、です。
「真夏の夜のフラメンコ」のステージ。「フラメンコをしていなかったら?…考えられません。一時、宝塚に憧れたことはありましたけど」

教室ではフラメンコに敬意を持って学んでほしい

 大学を卒業した後、小松原先生の舞踊団で活動するようになり、舞踊団の一員として、毎年スペインの公演に参加させていただいたりしました。クラスを持つようになったのも、そのころからです。人に教えるのって、最初はあまり好きではなかったのですけど。


好きなアーティストはミラグロス・メンヒバル。初めて見たのは今から16年前で、その5年後に、実際に彼女に習うことができました。女性らしい、粋な踊りに憧れます。(写真は99年2月シアターアプル公演「マノ・ア・マノ」でのステージ)

 95年に独立して教室を開設し、今は銀座と足立区の2ヵ所にあります。銀座の教室はやはりOLの方が多いですね。お仕事が忙しい方が多いので、自分の好きな日を予約できるシステムにしているんです。 

  フラメンコがまったく初めてという方も多いですよ。小・中学生やご年配の生徒さんもいらっしゃいます。フラメンコはどうしても取っつきが難しいので、初心者の方にはできるだけ楽しく基礎を学んでもらえるよう心掛けています。でも、フラメンコはとても奥が深いもの。ただの"フラメンコ・ダンス"と簡単に思わないで、敬意を持って学んでいただきたいですね。


見ている方に"何か"を伝えられるアーティストでありたい

 今はフラメンコでも新しいスタイルの踊りがどんどん出てきていますよね。私自身はそれはごく自然に取り入れるようにしているのですけれど、同じ曲でも、自分で踊り分けられるようになりたいですね。見ている方に「あ、この人はこういう踊りもするんだ」と思っていただけるような。舞台ではバタ・デ・コーラを着た踊りのイメージが強かったようなのですが、そのときの曲や作品によって、いろいろな顔を持った踊り手でありたいです。
 
 去年(02年)は小松原庸子舞踊団で1月に新国立劇場で「大地と炎」に客演させていただき、7月に日比谷野外音楽堂で「真夏の夜のフラメンコ」、8月にはスペインで開催されたフェスティバル・デ・ウニオンで「血の婚礼」の主役としても踊らせていただきました。私はやはり、舞台に立って踊ることが好きなんです。そして、見ている方に感動していただける、何かを伝えることができる踊り手でありたいと思っています。実はこれは、ずっと思ってきたことなんです。これからも、年齢を重ねていくほどに。

 そして、同時に「ああ、この人に踊りを習いたい」と思ってもらえる存在でもあり続けたいと思っています。

取材・文 藤戸良彦