| エル・フンコは「ロス・ガジョス」でスカウト
――12月の21日のリサイタルの見どころを教えてください。
いちばんの見どころはバイラオール、エル・フンコの踊りでしょうね。フンコは夫であるダビがスカウトしてくれたんです。ちょうど私の相手役を探しに行っていた彼が、セビージャのロス・ガジョスで踊っているのを見て。
フンコは踊りのスタイルがすごく端正なんです。クリスティーナ・オヨスの舞踊団にいるので、アントニオ・ガデスの踊りの流れを持っていると思うんですね。現代風のモダンな動きよりも、伝統をふまえた非常に男っぽく美しい踊り。男性の踊りとしては私自身、とても好きなんです。
また、今回このリサイタルを行うにあたって、フンコとペドロ・シエラ(ギタリスト)の二人が初めて会ったんですが、歳も近く、どちらもモダンな感覚を持っているので、二人の競演はものすごいものになると思います。全く新しい感覚を取り入れた、斬新なステージになると思いますね。現に、セビージャでの舞台稽古のあと、お互いとても気が合って、グラナダで共演したというお話です。
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――主なスペイン人アーティストについて教えてください。
エル・フンコは、「あの背の高い、上手い人ね」とフラメンコに携わる人が皆、言うほどの評判です。そして、信じられないほどの美男子!そばで見ると、またびっくりするほど…。カディスの青年なので、アレグリアスがとても素晴らしいです。明るくて、愛嬌もたっぷり。そしてエレガントな踊り。身長が190センチくらいあり、とても大きいのに、動きがものすごく速くて軽やか。そして、とてもダイナミックです。だから、一緒に踊ってものすごく触発されます。
ギターのペドロ・シエラも、ものすごい実力者。美しい音が、彼の指からつむぎ出されるように湧き出てくるのです。去年、CDを出したばかりなので、会場でも販売する予定です。
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エル・フンコ
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また、ペドロの奥さんでもあるカンテのラ・トバラは、のびのびと、素質のある、ムードのある素敵な歌声が魅力です。彼女の場合は、鼻歌を聞いただけでその素晴らしさがわかるんですよ。ペドロと二人、息もぴったり。カンテ・ソロをやっていただくんですが、皆さんの期待にそえるものになると確信しています。
――リサイタルを目前に控えて、苦労していることは?
イサベル・ロペスの振り付けは、ものすごく難しいんですよ。特に足の動きが細かいんですね。彼女は7歳くらいからフラメンコをやっているので、経験の厚みが違うんです。内側から自然に出てくるものがあるんですよ。その出方がとてもナチュラルで、まるで、耳から入った音色が足からリズムで出てくる感じ。見ているこちらまで気持ちがいいんです。でも、それを自分でやるとなるとものすごく大変です。
彼女にはグアヒーラスとセラーナを振り付けてもらいました。ご期待くださいね。また、ダビはグアヒーラスが大得意なんです。グァテマラ出身だからこそ、ラテン特有の明るさやノリが出せるみたいです。
――今回のタイトル「Camino para rio」とは、どういう意味ですか?
川に続く道。川に時間という意味あいを込めてつけた名前です。ある時は川のほとりに立ち、ある時は水流に流され、ある時はまた、はるかな上から眺める、というふうに、いろんな川に対する場所がありますよね。
セビージャにいる時、グアダルキビール川の橋が大好きなので、いまでもよくそこへ行くんですが、あの風景そのものが私にとってのスペインであり、とにかく川という止まることのない流れのあるもの、時と同じという感慨深いものを表現したい。その思いで「Camino
para rio」と付けました。
スペイン留学中は毎日8時間踊っていました
――フラメンコに携わったきっかけは何ですか?
大学在学中、暗黒舞踊をやっていたんですが、その合宿に参加していたときに、ライブハウスでフラメンコのショーがあったんですね。その初めてのフラメンコはとても衝撃的でした。それまで自分がやってきたものよりも魅力的に感じたんです。
それで、大学を辞めて東京に来ました。もともと出身は鎌倉ですが、大学は仙台だったんです。ちょうど踊りを追及したいと考えているときだったので、迷いませんでしたね。とにかく踊りを真剣にやりたかったんです。大学にいる以上は勉強もしっかりやらなければならない、でもそれ以上に自分の好きなことを見つけたので、早いほうがいいと考えました。それほどフラメンコが衝撃的だったんです。
同じ頃に、カサ・デ・エスペランサのステージを観にいったんですけど、そこで田中美穂さんが踊っていらしたんです。それを観てまた感銘して、すぐに彼女に習い始めました。
――フラメンコを始めて苦労したことは?
基礎が何もなかったので大変でした。基礎がないと、まず回転ができないんですよね。これは本当に、ものすごい苦労をしました。そして、日本で4年ぐらいフラメンコを習い、お金を貯めてスペインに行ったんです。いまから20年ぐらい前のことですね。
| マドリードのアモール・デ・ディオスに通っていたんですが、とにかく最初から困ったのは回転ですよ。クラシコのクラスなどは、6回転8回転くらい平気でするんですね。もう、気持ち悪くなるほど練習しました。パコ・ロメロの個人レッスンを半年以上はずっと受けていましたね。本当に、苦労をさせられたのが回転だったんです。でも、その当時に覚えた基礎、あの頃に叩き込まれたことがなければ今の自分はないと思っています。留学していた1年弱の間、毎日8時間ぐらいは踊ってました。 |
影響受けたアルティスタは、フラメンコを最初に習った田中美穂先生や、留学時代に教わったシロウ先生。それから、ホセ・ルイス・ポンセ。彼にはアレグリアスを習い、それを数年後からは私自身がパンタロンの男振りで踊るようになったんですね。私の芸風としては一番影響を受けているかもしれません。あと、アンヘル・トーレスという先生からは「1歩、出てはダメだ」ということ。つまり、自分の重心の移動の範囲は半歩なんだということを教わりました。この、半歩というものは、自分の踊りのなかでも活かされていますよ。そして生徒にもそれを伝えています。 |
――帰国後は何をしていましたか?
東京・赤坂のクラブでフラメンコショーをやっていたんですけど、そこでベニータ先生に出させていただいて、踊っていました。半年ぐらいたった頃に、新宿ギターラがオープンして、今度はそこで3年半ぐらい踊っていましたね。
そこでは本当に、日曜日以外の月曜から土曜日まで、くる日もくる日もずーっと毎日、3回のショーに出て踊っていたんです。とにかく、熱が出ようがどこが痛かろうが、何があろうとも踊っていました。タブラオには独特の芸人魂というものが存在するんです。その経験がものすごく大事な栄養分となり、その後に活かすいい勉強となりました。
教室はほとんどマンツーマンに近い少数指導
――教室「El Camino」について話してください。
現在、約30名ほどいる生徒たちに、クラスではほとんどマンツーマンに近いスタイルで指導しています。少数指導でやっているので、クラスは多くても6〜7人なんです。
自分の目が届く範囲、それが3人なんですね。だからクラスの中でも、半分半分でやれば全員に目が届くんですよ。この人はこの段階にいて、これがまだ欠けているからこうしようと、人により個人差がありますからね。だからこそ、しっかり目の届く範囲でやっています。
普通は1年で1曲というのが一般的なんですが、El Caminoのクラスでは2〜3ヵ月に1曲というペースで覚えていきます。人によって覚え方も違いますから、やる気だけ。やる気をそがないようにすること、それを考えてレッスンをしています。
生徒が、踊って楽しく充実感がある、そしてある一定レベル以上に踊れること。それが目指していることなので、全てを網羅し、引っ張っていくこと、それはすごく難しいことですね。
前はわからなかったことが、指導を始めて10年が経ち、初めてわかってきたことがあります。まず、生徒にとってどうしてこれができないの?とわからなかったことの原因が、いまでは生徒の動きを見ただけで一瞬でわかるようになってきたんです。
たとえ音を聞かなくても、サッと動いている姿を見ただけで、ここが違うということがわかるようになってきました。出来ない原因が見えて、よくわかり、そして伝えられるようになってきたんです。
| El Caminoは、発表会をものすごく大事にしているんですね。発表会のレベルをとにかく上げていこうというためにやっています。そしてそのレベルがかなり上がってきましたので、来年から舞踊団を作ることにしました。
まずは、来年の3月15日に発表会があるんです。これで通算10回目の発表会です。ここまでくるのに10年以上かかり、ベースがずいぶんと高く上がってきたんですね。だから、たとえ教室を知らない人が見ても、一つの舞台として楽しめる、見応えのあるものが出来上がってきていると思います。
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ご主人のギタリスト、ダビ・ラインフィエスタさんと。「そうそう、ダビとは新宿ギターラで知り合ったんですよ」。ダビさんがパコ・デ・ルシア銘柄のギターを販売します。詳しくはこちら
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取材・文 徳永 貴子
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