「日本発のフラメンコ」を応援

003 エンリケ坂井さん    SPコレクションの復刻事業と、日本でのカンテ普及に情熱を注ぐ


グラン・クロニカ・デル・カンテ〔5〕
¥3,000(税込)

全22曲。カンテ・フラメンコ研究の第一人者、飯野昭夫氏による解説と歌詞日本語対訳付

ギタリストであり、カンタオールでもあるエンリケ坂井さんが、自身のフラメンコSPコレクションの中から選りすぐった名曲をCD化して紹介する「グラン・クロニカ・デル・カンテ<カンテの大年代記>」。毎年秋に1枚ずつ発表され、今年で第5弾。「フラメンコを学ぶ上で、必ず必要になる時がある」と語る同氏に、その思いと日本のカンテについてうかがった。

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 インタビュー


−このシリーズに着手されたきっかけを教えてください。

 

エンリケ LPを含めレコード収集を40年近くやってきて、ある思いがずっとあったんですよ。「地震や火事が起きて焼失したら、もう2度と手に入らない」と。ふだんでも割れてしまう可能性がありますしね。

これらはスペインのラストロ(のみの市)やさまざまな場所で探し集めたもので、今ではスペインでも入手不可能なものばかり。1910年から50年代にかけて録音されたものが中心です。ある時、「これは何らかのかたちで保存しないと」と思ったんです。やんなきゃいけないと。

とにかくこれは、ビジネスとかではなく、文化的道楽なんですよ。もともと好きで好きでしようがなかったんだから。赤字だけどやっていきたい、という思いなんです。

フラメンコは、古いものの中にも大切なものがいっぱいある。このシリーズに収録されているものも、絵画でいうと抽象画みたいなもので、決してわかりやすい、聴きやすいものではないけれど、フラメンコを勉強していると、必ず根っこの部分に行き当たることがあるはずなんです。カンテだけでなくギターもそうですが、私は「グラン・クロニカ」は、決してマニアの人たちだけでなく、フラメンコを勉強し、愛好する多くの方に聴いてもらいたいと思っているんです。

−今年で第5弾が発表されましたが、年代別など系統だった収録になっているのですか?

エンリケ そういうわけではないけれど、これまで収録してきたのは、ある程度、名の知られた人たちが多かった。ただ、当時は有名じゃなくても実はたいへん優れたアーティストだった人も大勢いる。私としては、そういう歴史に埋もれた、味のあるアーティストにもう一度光を当ててあげたいという思いがあるので、毎回少しずつ入れるようにしています。

また、このシリーズでしか聴けない歌もたくさんありますので、それらをこれからも紹介していきたいですね。

−CDの録音は音質的にはいかがですか?

エンリケ SPを復刻したLPレコードを聴くと、当初はペチャンコな音で失望したんです。ところが、蓄音機で聴くと生に近い感じでものすごく良く聴こえる。これを何とか再現できないかということで、音響エンジニアの間瀬弦彌さんが頑張ってくれました。臨場感たっぷりで、CDを聴けば、昔のカンテの良さが少しずつわかってもらえると思います。

−第5弾の聴きどころは?

エンリケ ラ・ポンピという、ヘレスが生んだ幻のカンタオーラ(女性歌手)の、ほとんど現存していない貴重な録音を収録しています。ほかには、カディスの隠れた名歌手と言われたニーニョ・デ・ラ・イスラや、有名なニーニャ・デ・ロス・ペイネスが晩年に歌ったシギリージャ。全22曲を収録しました。

−初めて聴く場合のアドバイスをいただけますか?

エンリケ 特に系統立てた収録ではないので、興味のある歌から少しずつ入っていけばいいと思いますよ。

最初は音が気になるかもしれませんが、人間の耳は、馴れれば雑音の中から必要な音を聴き取るようになるものです。ですから1回であきらめないで、体に沁み込ませるように何度も聴いて馴れることです。そうすれば、歌う想いの深さ、原始性や自然さ、思いもかけぬ音楽性等々が見えてくると思います。

−ほかにもカンテのCDを発表しておられますね。

エンリケ ランカピーノという、現代カディス派の中でも傑出した実力の持ち主がいるのですが、彼が来日した時のライブが、私の「フラメンコの深い炎」というアルバムに収められています。

彼の歌はとてもわかりやすくて、しかも素晴らしい。特にアレグリアスは“味”の点ではとても難しい曲種ですが、ここに収録されている彼のアレグリアスは最高に近い出来です。

舞台当日まで彼は風邪を引いていて、一切練習をしていなかったのですが、ぶっつけ本番で臨んだ初日の舞台が最高の出来だった。もともとランカピーノの歌は、ほかにはスペインでも2枚しかないのですが、出来としてはこれがいちばんいいと思いますね。

エンリケ坂井 フラメンコの深い炎
¥3,000(税込)
エンリケ坂井氏のギターソロのほか、カディス派の実力者、ランカピーノが来日した時のライブの模様が収録されている。


−最近は日本でもカンテを志す人が増えたようですが。

エンリケ 私がスペインから日本に帰ってきた当時、1977年頃というのは、フラメンコの中でも歌を歌う人というのは皆無に近かった。そのことを思うと、今は本当に増えましたね。裾野が広がったことはすごくいいことですよ。みんな耳も肥えてくるし。

フラメンコの歌というのは本当すごく難しい。それは歌うことを続けていくうちに気がつきます。大切なのは「フラメンコの精神」のようなものだと思いますね。その人がフラメンコになること、フラメンコに自分を染めていくことです。その過程において、どうしても古い歌に触れる必要性も出てくる。「グラン・クロニカ」のシリーズは、そういう時に役に立てるものと思います。

−日本の若い人たちがカンテを志すことをどう思われますか?

エンリケ 踊り歌とソロの歌は、別のものですからね。焦らずに、じっくり勉強していってほしいですね。

発声法に問題がある人も多いようです。できればスペインに住んで、実際に生活して、食べて、そういうものを体に浸透させてほしい。本当に歌を身に付けるには、それくらいの時間と、日々の積み重ねが必要なんです。

−ご自身、ずっと歌の指導を続けていらっしゃいますね。

エンリケ 以前は日本にも歌を広めないと、という思いがあったんです。でも、今はかなり広まりましたね。「フラメンコを歌おう」という教則ものを出して、地方にも広がった。裾野が広がれば頂点も高くなる。自然淘汰も起きるだろうけれど、日本のカンテは、これからですよ。

−要町の新スタジオでは、歌も教えていらっしゃるのですか?

エンリケ 以前から、踊りも入れてスタジオ・ライブができるような自分たちのスタジオを持ちたかったのでね。もちろん、ふだんは歌も教えていますよ。初心者もずいぶん多いです。

−プロをめざすわけではなく、ただフラメンコを歌いたいという人にアドバイスをいただけますか?

エンリケ とにかく自分が好きな曲を、真似して歌うことから始めればいい。歌というのは上手い、下手を超える部分があるんです。下手でも、共感して思わず「オレ!」と言う歌もある。大切なのは、純粋にカンテが好きであること、楽しみながらも謙虚に学び続けること、そして適切なアドバイスをしてくれる真のアフィシオナード(ダ)を身近に持つことです。

取材・文 藤戸良彦

 

 

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