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私が、ここ数年すごく戸惑っていること。それは、海外でどう暮らすかということ。
前にも、国際交流ということを書いたけど、まあそれと同じことなのだけれど。私はスペインに来た当初から、「私はホントに日本人的だなあ」と思っていた。在西日本人の中には、こっちの生活で水を得た魚になる人もいるし、魚にまではならなくても、スペインの水を十分に楽しんでいる好奇心旺盛な人がたくさんいる。
私の場合、人見知りする性格と、形式ばった家庭教育のため、スペインの慣れない水におぼれそうになること度々。本当の意味で肩の力を抜いて生活することができないまま時間が経った。私の肌には合わないなあ、と思いつつも、なぜか7年以上も歳月が経ってしまった。
慣れないといえば、未だにスペイン人からの問いに対して「はい」か「いいえ」なのかをはっきりと答えられない。質問には「うーん、そうだねえ、でも、これこれだから、ちょっとぉ、、」と答える私。これは、日本の社会では、「あっ、NOね」と理解されるけど、こっちでは「いったい、はい、なの?いいえ、なの?」と再度質問されてしまう。
要は、答えが回りくどいわけだ。単刀直入に自分の気持ちを言ったら、相手を傷つけてしまう気がするのだ。でも、こっちの人は「NO」は「NO」と、はっきりさせる。曖昧にすると、かえって後で問題になる。
日本的に、「ああは言ったけど、本当はこう考えているんだろうなあ」なんて時間のかかる面倒な作業はしない。私たちの会話は自分を引いて話すが、こっちは押して話す。責める責める、ほんとに積極的だ。女性同士の会話の声もかなり大きい。まるで怒っているように見えるときもある。日本人の昔からの美徳は、静や黙や無や素にあるが、スペイン、少なくとも南スペインのここヘレス人は、動、活、有、飾に生きている。こんなに違うなかでは、日本で形成された私の道徳は通用しない。なぜ通用しない?なぜ違う?
自称「典型的日本人」の私が、慣れない暮らしを何年も続けているのには、きっと意味がある。無邪気な日本人がこれから世界で生き残っていくためには、更なるテクノロジー開発ではなく、自らの手で一から作ってみて、そこで自分の無力にはっきり気付くということがまず不可欠に思える。
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今、私は「留学」というよりは「暮らし」ている。そうすると、当然こっちの社会に入り込んでいかななければならない。以前は知らなくても済まされたことが、だんだん済まされなくなってくる。もう、日本人留学生間の情報交換のみでは成り立たない。ヘレス人同士の情報交換の輪に入らないと。
でも、これが簡単にはいかない。海外移住者の苦労である。この土地にルーツのない人は軽視される(いじわるなのではなくて、すごくあたり前なこと。だってある日突然現れた、違う色した人なのだから)。家族が、学校時代の友達が誰もいない、一人である、という事実がもたらす影響は思っていたより大きい。
日本人は代々日本人である場合が多いから、自分の人間関係のみでなく、親、祖父母の代の人間関係で守られている。知り合いは多いほど、安全だ。飯塚さん家の真紀ちゃんは、(望まずとも)すでにどこかのグループに位置付けられている。だからそれに甘えている。自分は、「誰かが守ってくれるという地位」があると無意識に思っている。実際、日本にいればそれはある。
でも、外国に来たら一人である。どんなに留学仲間がいたって一人である。また、そうならないと海外に来た意味が無い。なぜ国を出たか?自分を見つめる、知るためではないか?日本では見えにくい、自分の弱点とそして長所。
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とりあえず自分は棚に高ぁぁく上げて話す。日本人の海外進出(かな?)は他の国の、例えば国政の事情から出国せざるを得なかった人の立場とは大分違う。日本に居てもいいし、出てもいいし、と選択できた上での海外生活である。
でも、「日々生きること」は、実は過酷である。お金があるうちはいい。札束が親の代わりに守ってくれる。でも、ひとたびこのお金が尽きれば、いったい誰が私のため、あなたのために自らを投げ出してまで手をさしのべたり、また心を痛めて涙を流そうか。
本来、人としての「本物の交流」とは、「お金も肩書きも何も所持しない裸の状態から人に何を与えられるか」だと思う。はっきり言える。私たち日本人は今、恵まれ過ぎている。
たぶん、過ぎたからこそ海外に出たくなった。過ぎるのは良くない。腐ってくる。このままでいたら、近いうちに私たちは大危機にあってしまう気がする。保険のように「日本人ワッペン」が優遇される世の中が続くわけがない。
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アメリカはもう危機に陥り始めた。いいときは続かない。とっくにバブルも弾けた。日本人の「純粋さ」の評判もお金があってこそ、である。明日の食べ物がなかったら、純粋な日本人でも盗みをするだろう。「もうこれ以上はいらない」と、物欲に終止符を打つ努力をしなければ、いつかその過剰な荷物に押し潰される日がくると思う。
世の中には60億人分、何千年分のインフォメーションがある。一生使っても全てを処理するのは不可能である。それなら情報を外に求める前に、内に聞こう!いったい何が一番欲しいのか?ああ、これは私が自分に言っている。
余計なものは捨てよ!時代の流れに逆らうのは、勇気がいる。もし、お金が尽きたら、どうしていいか分からない。私は何も学んでこなかった。お金で買うことしか知らない。こんなに遠い国で、もしお金や健康を無くしたら、、、。
この生活の不安と日々戦うことで、私はやっと学ぶ。教科書になかったこと、試験にでなかった問題を。考えすぎ?でも、ないと思う。私はきっと何かできると思う。そして、あなたも必ずできると思う。
◆セジージャに留学を考えている方(女性)へ
以前、私がセビージャにいたときに住んでいた家の部屋が空いているそうです。マカレーナ地区の閑静な住宅街です。日本人好きの大家さん(女性)との共同生活で、とても快適だったので私は2年いました。家賃は1ヶ月200ユーロ(約26,000円くらい)で、1週間くらいでも空いていれば借りられるそうです。台所、お風呂は共同です。細かな生活必需品が全て揃っているので、所持品の少ない留学生にはとても助かります。彼女の連絡先は34(スペイン国番号)−954378260です。スペイン語の不得意な方は、私のメールアドレスまでご連絡ください。飯塚真紀。 |

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