ふうう、ここんとこパソコン地獄にいる。パソコンに支配されてしまっているという状態。

 私は、「スピード」ということが昔から苦手。小学生のころには「少しのろまな真紀でーす!」と自己紹介したのを覚えている。その後も、マイペース加減は変わらず、高校では「天然ボケ」とよく言われた(あの時代には、いちいちムッときたが、今では素直にその通りだと認められる)。

 フリーター生活3年後にスペインにフラメンコ留学して8年も経ってしまったので、パソコンやデジタル化にすっかり乗り遅れた。

 パソコンが出来なくたって、、と始めは軽くみていた。でも、もう避けられないと思い3年前にノートパソコンを購入したが、ワープロもまともにやってなかったので、文字を探すだけで四苦八苦。その上、パソコン知識ゼロなのに、海外で使うから「何が分からないのかが分からない」という不満足状態のまま、できることだけをしていた。

 最近、7歳年下の彼もパソコンを始めた。私はあっという間に追い越され、今は彼の方がよく知っている(誰でも私を追い抜けるという声もあるが)。

 だから彼に質問すると、私のPCは当然、日本語だから「これはなんて書いてあるの?」と聞かれる。

 「日本語でも分からないからスペイン語でも分からない(私たちの会話はスペイン語)」

 「じゃあ、オレのPCで見てみよう」といっても、彼のはフランス語。

 インターネットをやっていて実に便利だな、としょっちゅう思う。でも、なんだか仕事量も増えた気がする。

 日本と手紙のやりとりだけだった時代は、今のように毎日メール(手紙)を書いたことはなかったし、人の情報も「名前、電話、住所」の3つのみ。今は「名前、ハンドルネーム、電話、携帯、住所、メールアドレス、携帯のメールアドレス」…。1人の情報が2倍以上だ!

 つまり、パソコンが普通に操作できてこそ処理できる量になっているということ。できない人にとっては、驚異の量である。こうやって、人はこれらもどんどん情報を増やしていくのかなあ。ここで、私の苦手意識が顔を出す。要求される超スピードに、引きづられるのだ。


 「速い」とは、例えば「。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。」を同じ時間中にもっと早くやること。

 でも、もっともっともっと早くなったらたぶんこう見える。
 「――――――――――」

 更に速いと「           」かも知れない。

 だったら私は、はじめから「               」を。はじめから走らない方がいいなあ。

 時代の変化が「痛み」に感じるとき、人は年をとったと思うのでしょうか?


天候が悪いせいか、いろんな考えが頭の中をぐるぐるぐるして、自分迷路に迷っています。空は、大雨、かみなり、風、くもり、快晴の繰り返し。寒かったり暑かったり、忙しいです。このタイトル「気がつけば、いつも青空」のように、青空に気がつきたい私です。

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