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8月7日にヘレスを出て、9月9日にヘレスに帰ってきました。この1ヶ月の間に新しい出会いがいっぱいあっておもしろかったです。例えばどんな出会いかというと、会った順番に紹介しますね。
まず、3、4日間南フランスに寄りました。そこでは、足の不自由な黒人系のスペイン女性と知り合いました。ちょこっとしか話さなかったけれど、彼女の前向きな明るい性格に触れて、「ステキだな、私も見習おう」とひそかに感動してました。
そうしたら、その翌日に彼女が、パーティーで私が1分だけルンバを踊ったのを見て「とてもいい踊りだった。何かが伝わってきたわ、ありがとう」と言ってくれたのです。ステキ!と思った女性に褒められて、もう感激でした。私はルンバが苦手だからほんの少ししか踊らなかった。にもかかわらず、何かを伝えられた、しかも尊敬できる女性に対して。
このことは、ここ数ヶ月の間、踊ることに行き詰まりを感じていた私を解放してくれました。フラメンコに魅せられてここまでやってきてよかったなあ、悩んでばかりの等身大の自分でも少しは人の役にたてるんだなあ、と。
私は、踊りたいテーマが比較的はっきりしているので、それなりに自信を持ってやってきてはいました。でも、世間の小さなささやきに影響されて、迷いが出てくることもしょっちゅうでした。これからは、彼女のこの言葉が一生私を奮い立たせてくれるでしょう。どんなに落ち込むときがあっても、「彼女の在り方に感動し、彼女も私の踊りに何かを感じた」、この事実までは消せません。大切な宝物になりました
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8月14日、日本着。フラメンコの踊りのクラスを東京と大阪で開催しました。いつも参加してくれる気の知れたフラメンコ仲間はもちろん、初参加の人がたくさんいました。先生と生徒という枠を取っ払って、レッスン後にお茶しながら話した時間が貴重でした。今回も新しい仲間がたくさんできたと思います。フラメンコを楽しく踊れるようになったという感想をもらいました。
この「楽しいことを楽しく」って、意外とできないんですよね。私もそうです。日本人だから(?)、がんばってやるのは得意なんだけど、力を抜いてやることが不得意。これからも、この難題(?)に取り組んでいきましょう。
9月5日、マドリッド在住で半分はアルゼンチンの血をひく日本人青年の東京の実家に招待されました。その人は8月にたまたま数分間立ち話しただけの知り合いだったのですが、そのとき今夏の日本滞在期間がまるっきり同じだったのを知ったのです。この単純な偶然に引き寄せられ、全然知らない人の実家まで訪ねてしまったわけです。
これは、以前の私の性格から考えるとびっくりすることなんです。すごく人見知りをするタイプで、よその家に行ったり、またお客さんが家に来たりするのが苦手でした。気の知れた友達の家にさえ、よっこいしょという感じで訪問していたのです。
だから、この日6時間も見知らぬ人の家におじゃましていた自分が信じられません。お母様のおいしい手料理をいただきながら、日本とスペインについて話しました。外国人としてマドリッドの社会で働く大変さややりがいなど、興味深かったですね。
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さて、帰国(スペインへ)。今回は北回り便がとれず、初めてシンガポールを経由する南回り便になりました。20時間も乗り変えの待ち時間があり、何をして過ごそうか悩んでいたところ、ひょんなことからシンガポール在住のフラメンコ練習生Tさんにクラスをやってくれと頼まれました。
急なことだったのに、平日の昼間に7人(日本人6人、現地人1人)も集まってくれました。夕飯の席では、異文化について、外人の旦那さんとの生活について、そして海外にいながらフラメンコとどう向き合うかなど、話が尽きませんでした。
「外国人(アメリカ人とかカナダ人、私の場合はフランス人)」をパートナーに持つ私たち「日本人」が、違う外国である「シンガポール」の「中華」レストランで、「スペイン」のフラメンコの話をする。何だかとってもめちゃくちゃじゃなぁい?と思いました。いったい私たちって何がしたいの?なんでわざわざ遠回りしてまでフラメンコって?だけど、この複雑さが楽しいともいえるのかもしれませんよね。ビバ!インターナショナル!
9月9日、マドリッドからアンダルシアに戻る新幹線で同席したのは、カディス県で開かれるヨットの世界選手権出場者の日本人男性、黒田武士さんでした。聞くと、偶然にもシンガポールから同じ飛行機だったみたいです。
車内では、結果のみがものを言うスポーツ界の厳しさとか、家庭を持ちながらも夢を追い続けていることとか、海の風の話などを聞かせてもらいました。彼のトランクには日本食が詰まっていて、滞在地での健康管理を自分でするためだそうです。飛行機の手配はもちろん、いろんな国々での宿泊先の予約、借りるヨットの契約手続き、手数料の支払いから交渉なども全てひとりでやるんですって。
さらに、いったん海に出たら日陰のないヨットの上に何時間もひとりなんですよ。フラメンコの舞台の世界に例えると、マネージャーとプロデューサーと脚本家と演出家と、当日の受付までも全部自分でやっってから、大舞台でソリストとして踊りきるって感じでしょうか?ひゃー、脱帽です。
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さて、こんなにいろんな、違った環境の魅力ある人たちと出会うことができた私。さぞかし今ごろはエンジン全開でブルンブルンしているだろう、とお思いでしょうが、ぜーんぜん。いたってのんびりとしています。
これからの私のスローガン、「私は私、あなたはあなた、そのまんまで行けるとこまで進みましょう!」
9月15日、ヘレス・デ・ラ・フロンテーラ。初秋のすばらしい晴天の中でこれを書いていて今感じるのは、家族が与えてくれている無言の愛情、かな。私がこの恵まれた天候を堪能できるのも、これまでにいろんなエネルギッシュな人と知り合えたのも、みんな、ひそかに心配していてくれる存在があってこそ。有り難いです。
だけど、もらったら返さないとね。
| 飯塚真紀34歳、私はズボン派でめったにスカートははきません。それは、いつも自転車に乗るからです。日本で乗っているのは、かなりオンボロ。金属性のかごが破れているから、使うたびに荷物に傷が付きます。サドルもとれちゃうので、自転車置場の下に転がっているときが多いです。でも、今のこの自転車はまだまし。前のはもっとボロだったから、家の目の前でおまわりさんに呼び止められて名前を聞かれ、盗難車かどうか調べられましたよ。 |

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