彼氏がヘレスの病院に入院しちゃった。どうも、セマナ・サンタ(聖週間)のお祭りのときに食べた物に当たったらしい。まず救急病院に行ってから、診察と血液検査をし、その結果、即入院となった。午後1時ごろに救急に着いて、病室が決まったのは夜の10時だった。

 二人部屋で、同室になったのは80歳のおじいさんだった。その人も私の彼と同じパターン、同じ日の同じ時間に同じ病状で救急からの入院だった。付き添いのおばあさんは、私を見るなり「あなたどこのお店の人?」と質問してきた。私を中国人だと思ったらしい(ヘレスに住む中国人で、留学目的の人はいない。みんな働くためにここにいるから、100円ショップのような雑貨屋か中華レストランを経営している)。

 「私は日本人留学生です」と言ったが、日本と中国とどこが違うの?といった感じの反応の後、「人を差別したりしたらいけないと思うの。私もあなたも同じ人間なんだから、ねえ、そうでしょう?」と言う。初対面の人に、いきなりこう言われてちょっとびっくりしたけれど、同時にすごくあたたかい気持ちになった。だって、きっとこのおばあさんは、「異国の地で入院だなんて、心細く感じてるに違いないわ。力になってあげましょう」みたいな気持ちから、話しかけてきてくれたに違いないから。

 次の日の午前中、病院に行くとこのおばあさんは私に花束をくれた。その次の日は家でとれたミントの葉をくれ、その次は一袋のクッキー、その次はオレンジ一つ、その次はチョコレート一枚、という具合にいつも「気持ち」をプレゼントしてくれた。いつかは、彼女が信じるキリストとマリア様のポストカードもくれるという。さすがにそれは断ったけど、「気持ち」は十分受け取った。

 約2週間の入院生活後、彼は退院した。アンダルシア、ヘレスの病院はいわゆる病院(暗く寂しく無機質な感じ)っぽくなかったので、彼は「フランスの病院よりもずっとよかった」と言った。彼の退院の数週間後にも、隣り町に入院したドイツ人の友達を見舞いに行ったのだけれど、この彼女も同じようなことを言っていた。

 例えば、食事がおいしい。おいしいとは、人が作った、と感じさせる料理だったということ。工場からそのまま出てきたようなものではなくて、作った人の顔が想像できるような料理だった。これは、入院患者にとって精神的にすごく影響あるみたい。その他には、お見舞いに来てくれたフラメンコの友達が、病室でギターを弾きだしたとき、私は看護婦さんがすぐに飛んできて注意するものと思った。でも、誰も演奏を止めに来なかったうえに、隣りの病室のお見舞い客が聞きに来て「あらぁ、この部屋はリッチねえ、生演奏付きだなんて!うちんとこでもお願いしたいわ」と言って踊りだした。病院で踊る!!私は初めて見た。

 こんな感じの、「人々の交流」がこの町全体にあたり前としてある。病院にそれがあったのも、町の人がそう生きているからこそ。こんな、ごくごくあたり前のような「人のぬくもり」に驚く私。

 作られたサービスではないサービス…。それさえも売り買いされているのが日本の現状か???

 


なんだか、いっきに夏になった。彼の退院の一週間後に。それまでは、去年の暮れから雨や風やくもりばっかり。いつものアンダルシアの青い空はどこ?だった。日曜になんとなく海に行った。私は、ちょっと海岸を散歩しただけだけど、海水浴をしている人はもうたくさんいる。こっちの海岸では、女性のトップレス姿は珍しくない。更に、私が行った海岸は「全部レス」もOKのとこだった。日本人にはどきどきだよね。