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ある雑誌のために、日本人留学生のスペインでの食生活の取材をした。スペインという異国で、日本人はどんな風に戸惑い、どんな風に対応しているか、を探る取材だった。
さっそくヘレスにいる数人の日本人たちに、日ごろの食事について質問を開始したのだが、、特に新しい発見や驚きもない取材となって、ちょっとたいくつした。
なぜあまり興味がでなかったのか考えた。それは、私にとってはこっちでの自炊を日本風にするのはごく普通だし、もう「なす」がデカイ!といって驚いたりはしないし、、、。結局、こっちでの生活に慣れてしまって、スペインに来たばかりのときのような感覚では物事を見られなくなっているからのようだ。
いつの間にか当たりまえになってしまったことが、たくさんあるみたい。新鮮な楽しいショックによる文章が書けない。当然といえば当然。例えば未婚の私には、母親の視点での言葉が書けないのと同じだ。自分の立場での見方でしか、物事を捉えられない。私の目は、スペイン初体験者のそれとは違ってきてしまった。海外滞在者の目になっている。今までこのコーナーに書いてきたことも、全てその視点からである(もしかしたら読者と感覚がズレてしまい、読んでもあまり意味のないエッセイになってしまっているかも、と急に心配になった)。
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こっちに来た当初は毎日が「びっくり!」の連続だった。生ビール1杯100円の安さに感激し、うさぎも食べるの?!と叫び、オリーブオイルのおいしさを知ってやみつきになり、、、。これらの驚きを知らせるために友達や家族に手紙を書きまくったのも、よく覚えている。
写真もそう、かなり撮った。そのほとんどが「ハイ、ポーズ」の記念写真だ。でも最近の私は、24枚撮りの使い捨てカメラを現像所に出すまでに10ヶ月もかかっった。これは、こっちの生活が普通、平凡になってしまった証拠だろう。
去年の夏、日本に帰ったとき、妹に「お姉ちゃんも外国人っぽくなった」と言われた。でも、前回書いたように、私は自分では「すっごく日本人だ」と思っているのにだ。無意識にこっち風になったところも多々あるようだ。それはいったいどこの部分だろう。
自分で気が付いたのは、"話すときの身振り手振りが大げさになった""バル(喫茶店兼バー)に行ってもいすに座らない(立ち飲み)""初対面の人の家のソファでも足を組む"…。こんなもんだ。でも、こんなんじゃ全くくだらない変化だけど。
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スペインの習慣でいいなあ、と思うことはいくつもあるが、ひとつには、日常生活に敬語がほどんど存在しないこと。仕事の上司だろうが、年上の人だろうが友達同士の口調で話す。逆に、敬語を使うといやがられたりする。ということは、始めて会った人とさえ、話に花が咲き易い、年齢や役職で区別する観念がないので、話していて窮屈さを感じない。相手を呼ぶときは名字じゃなくて、名前だし。
あと、挨拶のときに2回ベシート(ほっぺにキス)し合う(男性と女性、女性と女性の出会いの場合。男性と男性は、よっぽど気持ちを込めたいときだけ)。私は、もう何の抵抗もなく自然にできるようになった。親にも触れない日本人からすれば、初対面の男性と(ほっぺたとはいえ)キスするなんて!!!だよね。この点で見ると、やっと私も国際人になってきたかな?と思う。
でもでも、いくらできてきたとはいえ、日本人男性とじゃあ、やっぱり恥ずかしくてできない。例えば、数人の友達グループの中に日本人が混じっていた場合、ベシート、ベシート、ベシートときて次に(日本人と)握手、ベシート、ベシート、(日本人の)肩に手を置く、となる。その日本人が日本から来たばかりだったりすると、会釈までしてしまう。しかも1回だけではなく2,3回(こっちでこの光景を見るのはちょっと異様な感じ)。
だから、この短い挨拶タイムの最中に、スペインと日本の時空を往復している感覚になる。私にとってスペイン式挨拶は日常茶飯事のこと。でも日本式挨拶には超がつくほどの現実感がある。つまりは今回も「やっぱり私ってすごく日本人!」という結論にたどり着きましたね。
| 去年の暮れから天気が悪い。アンダルシアの太陽はどこにいっちゃったのだろう。私は、いまだにストーブを使っている。みんな、おかしいおかしいって言ってる。異常気象だよね。お陰で、家の屋根の上に見事な菜の花畑ができてしまった。雨、晴れ、雨、晴れで、実によくすくすくと育ってる。 |

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