先頃日本でも公開された映画「ジプシー・キャラバン」。アントニオ・エル・ピパは、スペインのヒターノ代表として出演している。撮影のためのキャラバンツアーは足掛け2年にわたり全米で30カ所以上で行なわれた。途中、各国のメンバーが入れ替わる中、全ての公演を通して出演を依頼され続けたのは、アントニオ・エル・ピパのグループとインドのマハラジャだけだったという。
“エル・ピパ”の名は、ヘレスのバイレを代表する伝説のバイラオーラである祖母ティア・フアナ・ラ・デル・ピパから受け継いだもの。2002年に地元ヘレスにオープンしたスタジオには、その祖母の写真が正面に飾られている。叔父アントニオ(Antonio El Pipa、故人)もバイラオール、そして叔母フアナ(Juana la del Pipa)は、その大地の底から響くようなフラメンコな声で、アントニオの公演には欠かせないカンタオーラである。
今は亡きアントニオの母もプロとしての人生は選ばなかったが、息子アントニオやマヌエラ・カラスコの舞台、そして映画「イベリア」(2005/カルロス・サウラ監督)でのマノロ・サンルーカルの演奏シーンの中で、エル・ピパ・ファミリーのアルテに溢れた踊りを見せた。
2008年3月25日、フラメンコ芸術の創始者である偉大なマエストラ、ピラール・ロペスが96歳で他界した。 アントニオ・ガデスを世に出したことは余りにも有名だが、マリオ・マジャ、エル・グイト、ファルーコ、、、彼女に学んだ踊り手は数知れない。また、現在の日本におけるフラメンコの普及にも大きな影響を与えた人物でもある。 彼女の足跡を辿っているうち、一年半ほど前に掲載されたEL PAIS紙のインタビュー記事を見つけた。晩年もグラシア溢れる記者とのやりとり。その中で、フラメンコアーティストのお気に入りに話が及ぶと、彼女が真っ先に名前をあげたのが、アントニオ・エル・ピパだった。
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故ピラール・ロペスと |
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