数年前からソロ活動を開始した。トマティートのグループメンバーとして、また自身の舞踊団を率いて、世界各地の公演やフェスティバルに積極的に参加してきた。特に2006年の前半は踊り続けた。その年の夏には来日。名古屋の公演で、1曲目からいきなりパリージョ(フラメンコのカスタネット)を手に登場したフアンの姿は記憶に新しい。
実は公演当日、劇場に入ってからパリージョを使うことになったらしい。そしてカンタオールは、なぜかギターを手に舞台に登場。パリージョでの踊りも即興、ギターも「2台で弾いた方が面白いから」と直前にカンタオールにリクエスト。
あの柔和な笑顔、おとなしい印象とは裏腹に、踊りのこととなると自分のやりたいことが瞬時にビジュアライズされ、それを実行に移す。そして、ひとたび舞台に立つと、LOCO=狂気という言葉がピッタリのフラメンコマンと化するフアン・デ・フアン。
その彼の頭の中を大きく占めていた事は、「自分のオリジナル作品の公演」であった。数ページにもわたる自作のレトラ(歌詞)、曲、舞台構成、メンバー、照明プラン…それは昨年から自らの手で準備されていた。
その恵まれたルックスから誤解されがちな、ただ踊りがうまいだけの可愛い青年などでは決してないのだ。そしてその作品「A MI AIRE」は、今年4月に彼の故郷での公演が実現した。そこには、座長として、バイラオールとして、仲間をそして観客を引っ張り引き寄せる、頼もしい男の姿があった。
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「僕は自分の意志でフラメンコを始めたんだ」 |
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