第9回 時にはパターンを変化させて…
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自分の好きなタイプの人と、自分にあっているタイプの人は、もしかしたら違うのではないか? と私はちっとも疑ったことはありませんでした。

私の好きなタイプの人は、脳みそまでガッチリ筋肉の体育会系男子。顔は日本犬か水牛みたいで、笑うとかわいい人が好きです。そこに、とてつもなく太い二の腕がくわわったら、彼にひざまづいてもかまわない。

しかし、われわれの間にはなぜか愛が成立しないのです。あるとき、K大学ラグビー部出身の男性に、そのことを打ち明けたら、彼は私の顔をジーッと見て、
「ううん。体育会の男は、たいていの場合、女性におとなしいとかお嬢さまっぽさを期待しますからねえ。髪が長くて、できれば黒くないと……。それに、サカイさんみたいに口が悪いというか、口が達者なのもどうかと。女の人に真剣な会話話とか求められたくないんですよ。あと、ワガママで振り回されそうなのも敬遠しちゃうなあ」
といいたい放題にいわれてしまったのであります。

そういえば、柴犬みたいな顔をしていた初恋の人は、有名な競輪選手になりましたが、
「何そのジャージ? センス悪くない?」
と私が注意したら、2年も口を聞いてくれなかったっけ。そのことを話すと、
「ああ、体育会系はプライド高いですからねえ。そういうよかれと思ってやった忠告は侮辱にしかならないんですよ」
と即答されたのでした。

しかし、それでも私はあきらめずに、体育会男子を追いかけつづけたのでありました。そんな私の目からウロコがポトリと落ちたのは28歳、離婚をしたときです。

友人Yから、こんなことをいわれたのでした。
「だいたいあんたってさあ、前から自分の好きな男と自分に合ってる男がわかってなかったよね。筋肉バカとインテリオヤジしか周りにいないからって、それの相手することないじゃん。もっとやさしくて、誠実で、アタマがよくておとなしい男の子のほうがいいよ」

ガーン。まるで、巨大な岩でおでこを打たれたような気持ちがしました。

筋肉バカとインテリオヤジ……というフレーズがアタマの中をかけめぐったものです。 そう。私は体育会男子が好きだけれど、言い寄ってくれるのは高学歴で既婚の50歳以上のおじさまばかり(注:しかし、私は不倫反対派の上、年上嫌いなので、そういう人と肉体関係をもったことはありません。念のため)。

だからたしかに、それまでの私は体育会系のえばりん坊で会話が成立しない男の子と付き合いながら、そのグチを話を聞いてくれる年上の、父親っぽい人にぶつけていたかもしれない。

「そうなの? 私って自分に合ってる男をわかってない?」

おそるおそる友人Yにたずねると、
「もう、ぜんっぜんわかってない。今度だれかと付き合いそうになったときは、あたしにまず紹介して。あたしのチェックにパスしたら付き合うように」
とあっさりいわれてしまったのでした。

それ以来、周囲をみていると、私と同じように、自分の好みと自分に合うかどうか? が一致していない人がとても多いことに気がつきました。そういう状態が悪いとはいいません。好きな色と似合う色の違いみたいなもので、自分にそんなに似合ってなくても、その色を身につけていると、とても気分がいいというならそれはそれで幸せだから。

だけど、思い切って、それまでそんなに好きではなかった「似合う色」を身に付けてみたら、もしかしたら自分がパーッと光り輝いてみえるかもしれない。その可能性を捨てちゃうのは惜しいような気がします。自分の好きなものばかり追い求めちゃう人って、自分から先に彼を好きになりたい。自分のほうがより彼を好きで、ホレた弱みにつけこまれる、そんな刺激が好きだったりすることが多い。

だから、自分を好きになってくれて、そっと見守ってくれるような穏やかさ、そういう一見刺激がないものは、「ものたりない」といって切り捨ててしまったりするのです。

自分の追及する刺激のある恋もいいけれど、時にはパターンを変化させて、愛され、見守られ、寄り添ってもらえる幸せを知ってみるのもいいかもしれない、と加齢とともにシミジミ思えるようになってきた私です。


ここのところ、週末が私用でつぶされて、とっても疲れました。何よりも家にいることが好きなインドア派なのに。それでも、5月末に衣替えをしたのはえらかった(ほとんど妹に手伝ってもらったのですけど)。では、またね。