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フラメンコともなにかと関わりの多いスペイン歌謡の世界。ただいま現在の大御所といえば、なんといってもロシオ・フラード、イサベル・パントーハの二人。
ロシオ・フラードは1944年9月18日カディス県チピオナに生まれた。父はフラメンコ好きな靴屋で、こどもの頃からうたいはじめ、8歳で初舞台。
58年にはラジオ番組で賞を獲得、その後マドリードに出、タブラオ、エル・ドゥエンデなどに出演した。69年頃から毎年のようにアルバムを発表。なかにはパコ・デ・ルシア伴奏のものもあるとか。
映画にも出演するなど順調なスター街道を歩み始めた。76年にはボクサーのペドロ・カラスコと結婚。翌年一女に恵まれる。アルバム「セニョーラ」収録の「コモ・ウナ・オーラ」が大ヒットし、スペイン歌謡の女王としての位置を確立。カルロス・サウラ監督の映画 「恋は魔術師」のサントラ盤を録音、同監督の映画「セビジャーナス」にも出演するなど意欲的な活動を続ける。
一方、私生活では89年離婚するが、92年 には闘牛士ホセ・オルテガ・カーノと結婚。2児を養子にした。2004年秋に癌を患っていることを発表。アメリカに治療にでかけ、順調に回復しているようだ。
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イサベル・パントーハは1956年8月2日、セビージャはトリアーナ地区の奥にある団地タルドン生まれ。父方の祖父は歌い手、父もロス・ガディタノスというグループの歌手だったという血筋。フラメンコ系の歌い手チケテテは従兄弟である。
母は踊り手で両親ともにニーニャ・デ・ロス・ペイネスの一座にいたというアルティスタ一家。イサベルも7歳で初舞台をふみ、13歳からはプロとして踊ったり歌ったりでタブラオなどに出演。タブラオ時代にもスペイン歌謡とセビジャーナスやブレリアなどフラメンコを歌って録音、74年には本格的なレコードデビューも果たし、その後も毎年のように録音。83年に当時の人気闘牛士パキリと略奪婚し翌年には男児にも恵まれるが、同年パキリは牛の角にかかり亡くなる。
悲劇の女王とマスコミはこぞって報道した。1年あまりを経て舞台に復帰した彼女はアルバム「マリネロ・デ・ルセス」が大ヒットし、スペイン芸能界に確固たる位置を得た。90年には映画にも主演。その人気は一時より衰えたかもしれないが、依然高い。
ざっと二人のバイオをみても分かる通り、彼女たちはスペイン歌謡の女王というだけでなく、いわゆるゴシップ誌に常に話題を提供し続けるスターでもあるのだ。もちろん、二人とも実力のほどもさすが女王というだけのことはある。
なお二人ともファンは中年層とともにおかまちゃんたちがたくさん、というのもおもしろい。スペインのおかまちゃんたちは彼女達の曲をかけて口パクで歌振りをするということもよくあるのである。